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天国へのパズル - ICHICO -

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 うっかりヨリの笑みとは違って、子供相手に動揺した事を一部始終見ていたアルトが、その様を嘲笑いながら瓶を差し出していた。その調子でヨリにも同じ瓶を差し出す。何時も冷静沈着を気取るこの似非眼鏡が素を見せるのは久し振りなので、これをネタに弄れる事がアルトには愉快で堪らなかった。
 ジンが瓶を掴むと、まだひんやりとしていて、風のない蒸せ返るこの場所には丁度いい。それ以上に気持ちのクールダウンには持って来いの物だった。煽るより先に額に当て、無理矢理暑さにやられた振りをする。
 ヨリはまた不意打ちに捕まえに来るのではないかと怯えつつ、ジンが受け取るのを見てからおずおずと受け取った。
 しかし、ヨリは怪しんだ顔で飲もうとしない。ジンは不思議に思い、瓶のラベルを眺めて見た。額に当てた瓶には「ハイネケン」、ヨリの持っている瓶にはは白い字で「ニュートン」と書かれている。

「……このビールは何?っつか、どこで見つけてきたんだ。此処はこんなビールまで売ってたか?」
「どこまでも無視かい。これの片がついたらばっちり問い詰めるから覚悟しとけよ。」
「だーかーらー!」
「ま、ビールは食い物のお友達だろ。だから買って来たのよ。さぁ、5本分の金を俺に払え。」
「誰が払うか。その前に、その数はどこから来た。っつか空きっ腹だった人間に酒を勧めるな。」
「景気づけだからいいんだよ。けちくせェ事してたら、この子も気分が和まねぇだろ。俺なりに気を使ってフルーツビールにしたんだぞ。」
「気を使う場所が違う。色々が間違ってる。寧ろ金を持ってるなら、この間の飯代からまず返せ。」

 アルトはジンの話を聞き流し、殺気や嫌がらせ等まるっと無かったかの様に人懐っこい笑顔で、怪しんで瓶を眺めるヨリの頭をわしわしとなでていた。

「俺の奢りなんてそうないぞ。美味いビールなんだから心して飲め。」
「話を聞け。毎日が自由人。」
「何を言う。俺が何時何処で自由を掴んでるよ。」
「何時でも何処でも。今まさに。」
「そうかぁ?気を使ってるぞ。気さくで繊細なんだぞ。」
「気さくでも繊細でも、まず借りた金は返せ。人の財布はお前の財布じゃない。」
「阿呆か。宵越しの金は持つ人を腐らせるんだ。」
「なら腐る前に返せ。それを言うお前の人間性が腐ってる。」
「な、眼鏡は酷い事言うだろ。」
「へ?」
「逃げるな!他人を巻き込むな!」

 いきなり殺気立ったり、変な言い合いを繰り広げたり、うかうか放置されたり、気がつけば巻き込まれたり。
 話を聞きたいと言いながら、何がどうなって口喧嘩をしているのか。
 この2人はそんなに悪い人では無いのだろう。しかしそれに気がついてもどうして良いか分からず、ヨリはただぼんやりとしてしまう。
 不意に目線がアルトの手下に向いた瞬間、ジンに払えと言った5本分の数字の意味が分かった。明らかに空瓶とおぼしき瓶を3本、ガチャガチャと振り回している。しかもそれぞれ色とりどりの違う瓶で、そのビールの事など忘れた様に、お互いの貶し落とし合いを繰り返している。
 変に気にしている自分が、何だか馬鹿らしくなってしまう。おかしい気分をそのままに、渡された緑色のボトルを一気に煽った。炭酸とビール独特の苦み、そしてリンゴの甘み。しかし勢い良くあおった為、気管に入ってしまい派手に咳き込んでしまった。

「お、勢いでいくクチだ。」
「そんな振り分けするな。大丈夫か?」
「うん。平気。」

 一気に飲み干したので味なんで分からず、炭酸の刺激で半分目が回っているものの、別に悪いものでは無かった。
 この人が本当に気さくな人だったら、この人なりのやさしさの表れだろう。実は小賢しい人だったら、ビールに毒でも仕込んでいるだろうし、これで自分の賭けは終了になる。
 話をする位なら構わないと、ヨリは心を決めた。話をする間にこの2人がヨリの覚悟に気がついて、鼻で笑ったとしても後悔は無い。

「私、何も知らないのに。何でここまでするの?」
「知らないと思ってても、こっちの知りたい事が分かってるのか?」
「分かんない……でも、先生やヒナと出会う前の事、何にも覚えて無い。だから、色んな事忘れてると思うよ。それでもいいの?」
「その辺は気にしないから。別に俺達相手に嘘を付く理由は無いだろ。」
「俺は何も聞かんし喋らん。この眼鏡が筋道見立ててくれる。うっかりしたら、こいつに呪われるからな。」
「うん、分かった。」

 必死な面持ちの彼女に、ジンは少し我に返った。
 彼女が感情を持たぬ只の傀儡か。はたまた薬漬けの生活から逃げ続ける子供か。判断を付ける為の材料はまだまだ少なく、必要ない感情など切り捨てねばならない。
 今目の前にいるのは秩序をもった無差別殺人の関係者だ。不用意に犯人の領域へ踏み込んでしまうと、顔も知らぬ主犯に後ろを取られる羽目になる。

「じゃあ、貴方の質問に答えるから、私も一つ教えて。貴方達は誰がヒナを殺したと思ってるの?」
「ヒナ?」
「この真ん中に写ってる子。」

 ジンとアルトの顔を見上げ、薄汚れた上着のポケットから皺でひしゃげた写真を取り出した。
 写っているのは至って平和な家族だった。栗色の髪に焦茶色の瞳、ひょろりと背の高い男と、儚げな雰囲気を持つ白金髪の婦人が、自分によく似た子供を抱えて座っている。
 名前までははっきりと思い出せぬものの、皆の肩を抱いて写真に写っている男の顔は確かに見覚えがあった。
 覚えたての力を使い、父の秘密を探って彼の書斎に忍び込んだ時に見ている。見つけたのは、何らかの調査している人物の写真の束、そして写る人物に係る文書の山だった。文書には軍の諜報部の禁帯出印が押されており、その秘密ぶりのお陰で内容をはっきりと覚えていた。
 この写真に写る家族の長が、ジンの持っている時計と同じ物について研究していたプロジェクトメンバーの一人で、クローディアの捜索で話題の医者だ。
 写真に映る彼らの年齢と容姿で、これは彼の家族と推測できる。
 第一容疑者の横に写る婦人は妻、彼女に抱き抱えられて写る子供が『ヒナ』だろう。

「誰が『ヒナ』?」
「子供の方。これ、かなり昔の写真だと思う。その子が私ぐらいの年になってるんだと思ってくれればいいよ。」
「俺が知ってる位だったら、君を捕まえようとする奴なんていないだろ。その犯人を掴まえる為に、皆が君を探してるんだから。」
「そう……教えてくれてありがと。とりあえず人殺しの犯人捜すなら、私以外の誰かに聞いた方が早いと思うよ。」

 気落ちした顔で俯く。反応がどこまでも素直で分かりやす過ぎる。誰にも騙されなかった事が奇跡に近い。
 まあ、甘い言葉で誘い寄せる事ができたとしても、自尊心の高い気質が物語っていた。触れるだけでも普通に蹴り倒すか、殴り付けるか。どんな目に合わされようとも、拳銃で撃ち殺されるまで戦う事を選ぶだろう。
 彼女を捕まえた時の所作を見る限り、反応の速さは良いもので、訓練を積んだものと差は無かった。ある程度動けるのなら、下半身だけ元気な馬鹿に捕まる事は無いだろうとアルトは納得し、ジンは一回りは若い彼女にそこまで仕込んだ人物の存在の所在に悩み始めていた。