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天国へのパズル - ICHICO -

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 更に、人探しに走り回じめてからはまともに寝ていない。
 疲労、空腹、眠気。
 全てが相俟って、食べる事以外を考えるのすら億劫になっている。

 本当に食べていいのか。
 多分、食べていいんだろう。
 でも食べたら何か返さなければ。
 返すモノ、返すモノ、返すモノ。
 やっぱりお金になりそうな物なんて持って無い。どうしよう。
 その前に、食べなかったらこの人はコレをどうするんだろう。
 食べるんだろうか。
 捨てはしないだろうけど、捨ててしまったら勿体ない。
 やっぱり食べたい。

 ヨリは手の中にあるパンを睨み付け、必死な顔で悩んでいた。
 与えた方はそこまで悩まれるとは思っておらず、まさに野生の動物でも見ている気分になっていた。
 大自然に生きる小動物が、人間を前にして置かれた餌を食べるまで。ジャンクと物騒が入り交じる雑踏の中だと言うのに、動物番組の1クルーが確かに上映されていた。彼らの間にだけ妙な沈黙が満ちていた。

「よし、まだ喰ってないな!偉いぞポチ!」
 
 そんな沈黙をなぎ払う様に、小動物は突然後ろから誰かに頭を撫でくり回された。これでもかと力任せな撫で方で、ヨリは更に混乱して目を回し、ジンは呆気にとられてしまう。
 二人して我に返ったのは、ヨリが首根っこをがっしりと掴まれ、そのまま猫を摘む様に襟を持ち上げられた時だった。

「何するの!!離して!」
「何してる。ここまで付いて来ても、席は外すんじゃないのか。っつか、この子の名前も覚えて無いのか。」
「名前まで気にすんな。俺もこの子と同じで寂しがりのお年頃なのよ。」

 アルトはヨリの襟を放しても、彼女が逃げる前に後ろから抱き付き、ニットキャップ越しに頬擦りしていた。
 パンの匂いで沸いていたヨリの食欲は、アルトの服に染み付いた血と汗の匂いによって、ものの見事に打ち消されていく。

「嫌!臭い!離して!!」
「ミケ、優しさ溢れるグルーミングを嫌がるな。それにお前も汗臭いだろ。」
「余計臭くなるから止めて!!」
「癇癪起こして面白いなぁ。何だ、眼鏡の様に餌づけて欲しいのか。」
「餌づけとか言うな。」
「餌づけじゃなきゃ調教か。この子に何を仕込む気だ?」

 その一言はクソの付く程に真面目なジンの逆鱗を、これでもかと踏み付ける一言だった。
 ジンは無表情でポケットから懐中時計を取り出し、そのまま力任せに握り締める。

「お前が言いたい事はよく分かった。自分を今すぐに悟りが開ける迄躾て欲しい、そういう事だな。」

 先程アルトの見せた殺気とは違う。だが、その目は本気の殺意に満ちていた。ぶいぶいと飛び回る羽虫を、鬱陶しさに叩き潰す時の雰囲気に近い。
 ジンが時計を握り締めると同時に、アルトはヨリを素早く離し、屋根で囲われた方向を見上げた。

「よし、明日もいい天気だ!」
「明後日も明々後日も晴れにしてくれ。」
「おう!任せとけ!」

 アルトは景気の良い返事をすると、剥げかけた無言の屋根を見上げながらつかつかと売店へ向かって行った。離れていくアルトを眺めながら、ジンは懐中時計をポケットに仕舞った。
 唐突に何の問答が行われたのか。渦中の中心だったヨリは訳が分からず、更にさっきの人殺し染みた殺気を間近で浴びて、自分まで殺されるんじゃなかろうかと、吃驚した顔で二人を見ていた。
 逃げれるものなら、手の中にあるパンだけ持って逃げ出したい。
 分かり易い殺意をダブルで煽ったからか、怯えを越えて恐怖で固まる位に酩酊していた。

「大丈夫、君には何もしないから。」
「……本当?」
「話聞くだけだから。」
「…………本当に?」
「別に嘘は吐いてない。君を連れ回してヘブンズ・ドアの職安に売るつもりも無い。用が済んだら好きにしていい。」

 先程から怯えっぱなしのヨリは、ジンのその一言で命の危機を感じる恐怖から覚め、今の状況を何となく理解する事ができた。
 とりあえず空きっ腹の頭で分かるのは、眼鏡を掛けている人は話を聞いてくるだけ。
 何もしない。約束を破る人でもない。
 さっきから無茶苦茶な勢いで絡んできた人より強い。
 でも、普段は逆転している。思い切り好き勝手に振り回されている。
 恐らくは、すごく礼儀の正しい人。の筈。

 知らぬ相手でも、その人の持つ雰囲気を捉えれば親しみが沸いてくる。
 ヨリは何故か、目の前にいる人は先生に、立ち去った人はヒナとそっくりだと思った。似た様な問答をしていたからかも知れない。同じ様な事をヨリに言っていたからかも知れない。
 只、今のヨリにとってちゃんと覚えているのが先生とヒナの2人だけで、親しみが沸くと同時に記憶と現実が同調して見えていた。

「あの人といて楽しい?」
「ああ。多少疲れるけど、他の奴より面白い。それに話の分かる奴だから……アルトの事、苦手か?」
「うん。最初、他の人と一緒だと思った。さっきもすごく嫌だった。」
「だろうな。嫌がる様で余計に燃え上がる馬鹿だしな。」
「これみたいに噛み付いてやりたかった。」

 ヨリは勢い良くサンドイッチにかぶりついた。
 人間不適格の印を押されているだけに、不適格者らしい野性的な物言いだった。しかし、獣と呼ぶ程の獰猛さは見せていない。まるで人に慣れはじめた小動物の様で、ジンは不思議な気持ちで彼女の食事をする様を眺めていた。只、まだ人慣れていないのかジンが買い与えたサンドイッチを見せぬ様に、隠しながら必死にかぶりついていた。
 獣でも無いが、人間でも無い。この調子だとジンが彼女から何らかの情報を引き出すのは、かなり時間が掛かるだろう。

「小さい成りで無理するな。それに噛み付く相手は選べ。」
「うん。貴方には噛み付かない。」
「どうして?」
「だって私を『人間』だと思って喋ってる。先生やヒナと同じ人だ。」

 食べきったとばかりに口の周りに食べ滓を付け、悠然とした笑みを浮かべた。
 その微笑は明らかにジンに向けられている。
 まだ警戒心は解かれていない。が、ジンが自分の行動とアルトのうっかりを謝罪をした時から比べると、ヨリの表情の険しさは随分和らいでいた。
 男でも女でも、異性を口説き落とす時には、誠意が必要不可欠。それに歩み寄る姿勢を加えれば、相手の心に築かれた警戒心という砦は崩れていく。一度は綺麗に人間としての機能を放棄していたと言えど、女としての感情をヨリは無くしておらず、彼女の笑顔を見てそれが女を引っ掛ける常套手段でもある事に気がつき、ジンは少々複雑な心境になっていた。

 興奮と馬鹿のエンジンがフルスロットルになっていたアルトに毒されたか。
 別段口を開かせるにはいい手段かも知れないが、口の周りにパン屑付けている子供に何をときめいてるんだ。
 そんなものを感じてどうする。

 先程と立場が見事に逆転してしまい、大自然の1カットからコメディ染みた妙な寸劇に変わっていた。

「どうかした?」
「いや、何でもない。……まだほっぺたにパン屑付いてるぞ。」
「うん。」

 ごしごしと頬を擦るヨリから視線を外すと、眼前に緑の瓶が突き出されていた。

「惚れたのか?一回りは下の子供に。」