小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

天国へのパズル - ICHICO -

INDEX|21ページ/73ページ|

次のページ前のページ
 

 相手の立場に立つように注意しようが、彼女は言いたい事を言うまで聞く耳を何処かに隠してしまう。言いたい事を憶測で悟るしかない。
 彼女も憶測の読めぬ相手以外には、素の自分を曝け出す事なんて無いのだけれど。

「ハイテンポに刻みすぎてチェロの胴体が壊れたら?」
「壊れたら『それまで』の楽器なんでしょ。あのクソみたいな造り手が捨てた楽器なんだから、その思惑を超えてくれなきゃ。じゃないと、見つけて買ってきたラルフの目を疑うわ。疲れる作業やって、折角新しい名前も付けたのにさ。」

 駒としてなのか、楽器としてなのか。
 新しい参加者が楽器にされ、人が死んでいく事件をさながらオーケストラの演奏の様子で話している間に、外注で出張を余儀なくされていた店長が、やっと帰還してドアを開けた。
 そのままクローディアの横に座ると、彼女の膝にオレンジのコンフィチュール、グレープフルーツピールの砂糖漬けが1瓶ずつ置く。

「これでとっとと寝ろ。目の下のクマが暴れてるぞ。」
「噂をすれば影だ。久々のおみやだ。やったー。」

 ラルフの言葉を無視して膝に置かれたスイーツを掲げて喜ぶ姿を横目に、オリバーは席を立ってキッチンへ向かう。
 ハーブティーの入っていたポットほぼ空になっている。ラルフが相手にしていれば、クローディアも大人しく寝るだろう。紅茶を漬けたスピリッツがそろそろいい塩梅なので、店に出す前に呑んでみたいと考えていた。

「どうせ悪い事しか言ってなかったろ。」
「うん。ラルフは節穴の目をお持ちですねって。」
「こっちもウォルトからお前の文句を預かってる。使わなくなったマシンの山を築いてる部屋に、人の通れる道を作って欲しいんだと。」
「相変わらず細かい子だなぁ。今後掃除でも私の部屋には入って来るなって言っといて。あの部屋の半分は私のワークステーションの為にあるんだから。」
「お前が俺の部屋にまで使わなくなったマシンのボックスや譜面を積まなくなって、俺のベットをレンタルしなくなったら言ってやる。」
「意地悪。ケチンボ。減るもんじゃなし。ラルフが寝ていても、隙間が空いていたら潜って寝るぐらいいいでしょ。」
「お前、俺が性別・牡だって判ってるのか?」
「判ってるよ。私を襲う様な馬鹿な事をしないのも知ってる。私を女にしたら、地獄にいる父さんに呪われると思ってるのも判るわ。ああ、阿呆らし。」

 更に文句を言いそうなタイミングで、先程渡したお土産の瓶二つを、クローディアの手元からひょいと取り上げた。そのままクローディアの手が届かない高さまで持ち上げてしまう。
 背の高さと手の長さで絶対届かないと分かっていても、クローディアはソファーから飛び上がり、ラルフのシャツを引き摺る。直ぐ傍にあったクッションでべしべし叩いても動じる事が無い。そんな事をする間にばててしまう体力の無さを、クローディアは恨めしく思った。

「自分のベッドで寝ないなら、これは俺が食べる。」
「駄目!やだ!私の!」
「返して欲しいなら言う事あるだろ。」
「………これからは自分の部屋で寝ます。」
「よし。」

 瓶二つを手渡され、頭を撫でられた辺りで、クローディアの我慢が限界に達した。
 ラルフの腹をクッションで叩き、その調子で膝を蹴りあげる。膝は当たらなったものの、くたびれた姿勢でふらついた所為か、弁慶の泣き所を踏み付ける形になってしまい、ラルフは軽く蹲ってしまった。

「これで勝ったと思うなよ!この唐変木っ!!」

 子供向けのコメディでも聞かない捨て台詞を吐き、よれよれと部屋を飛び出して行った。
 次もすぐにやってくる。そしてクローディアが負ける。昔から繰り返されるお馴染みの光景を見送りつつ、オリバーは持って来たリキュールのグラスを机に置いた。
 アンジェラから気落ちしていると聞いていたが、あそこまで暴れてくれるとは思っていなかったらしく、ラルフは脛をさすりつつ残ったクランベリーをしがんだ。

「アンジーが気を回さなくても、あれだけやるなら元気だろ。」
「いや、回してくれて正解だった。あれだけ元気になってたら、明日は普通に笑ってる。」
「そうだな。」
「ほら。貰い物のウォッカだったが、そこそこいい出来になってる。」

 オリバーがリキュールのグラスを渡すのを見計らった様に、クローディアの部屋から山崩れの騒音と、本日二度目の絶叫が響いた。彼女なりに積み上げられた秩序は頑丈に見えて、毎度積み上げた本人が崩壊させている。
 無事に崩れたマシンのボックスを乗り越え、ベットに辿り着いたとしても、明日は崩れた山を修復してから起きて来るので、ここに来るまでだいぶ時間が掛かるだろう。
 秩序を持って積み上げた山を崩したくない願望から、ここのソファか屋根裏のラルフのベットに潜り込むのも遠くは無い。

「しかし、お前等の間には本当に何もないのか。」
「無い。どうせあいつの性欲は、征服欲と探究心に合体してるんだろ。」
「……とりあえず、飲め。」


 ***********************


「ほら。」

 ライ麦のパン、ハム、玉子、トマト、レタス、オニオン。
 ヨリは手渡されたサンドイッチをまじまじと凝視してしまった。
 ヒナと二人になってから食べていたものと言えば、堅くなりかけたパンと牛乳、たまにママレードか野菜スープが付く程度。しかも昨日一昨日に至ってはまともな物を食べていない。そんな食生活だったお陰で、賭博場近くのレストスペースで売っていたサンドイッチが豪華なディナーに見えてしまう。
 それを持つヨリの手には青いハンカチが巻かれていた。不意に出て来た空腹の叫びを聞かれた折に、黒髪の男が巻き付けてくれたものだ。
 無くした手袋の替わり。
 そう言って結ぶ時の顔が、ヨリは気になっていた。この男とは初対面だが、その時の表情は見た事がある。
 確かに誰かがしていた。一体誰だったろう。
 だが、それを思い出そうにも、手の中にあるサンドイッチの鮮やかな色に思考を奪われていく。
 生き物である限り、原始的欲求に勝る欲なんてものは、睡眠欲求か生殖欲求ぐらいだ。

「何でここまでするの?私、何も持って無いよ。」

 世の中は等価交換が原則。
 物には値段がある。労働には報酬が付く。
 だから物を貰った時には、それ相応のものを返す事。働いた時には相応の報酬を貰う。
 顔が良くて手にイデアの刺青が刻印されていれば、ヘブンズ・ドアに並ぶ店に普通の倍の値で売れる。
 この街には、そんな事を考える人間がいる。

 ヨリは頭の中を占めようとする食欲を必死で押し退け、恩人に教わった事を思い出して男の顔を見上げた。
 目か合うと普通に笑った事で、ヨリは更に不安に駆られる。元々が人との馴れ合いに慣れていない所為で、彼が何を考えてるのか全く分からなかった。

「これ位で何か取ろうと思ってないし、何もしない。安心して食べな。」
「でも…」
「それに、そんな顔してたら頭も働かないだろ。」

 目の前でそう言われても鏡を持っていないので、自分がどんな顔をしているのか分からない。だが、食べ物を目の前にすると彼の言う通りで、頭の中は考えがまとまりそうもなかった。