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天国へのパズル - ICHICO -

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 彼の読みは患者への怨恨。もしくは快楽殺人。踏み込んだ内容は個人情報保護を掲げられ、聞き込みでも真面な受け答えをする証言者がおらず、行き詰まった捜査で出した苦肉の見解だった。
 こちらはクローディアの父親が残していた情報を少しばかり持っていた。

 ソフィー・ヴィンセント
 グレゴリー・ロズウェル

 この2人の名前と彼の専門分野のスキルデータだけで、後は家族とその頃の生活状態のみ。雀の涙よりも少ない上に、謎が謎を呼ぶものしか残っていなかった。
 その2人の名前と彼を繋ぐのは一つのshrineだった。
 shrineと言っても、公的に認知されているものはたった一つだけ。爆心地から遠く離れた場所で発見されたプラスチックボックスのゲーム端末だ。
 過去に売り出された子供向けの玩具で、箱を開くとディスプレイにアバターが出て来る。ソフトを入れるとゲームが楽しめ、同じ玩具を持つ者同士で端末を繋げば、アバターにバリエーションが付く。
 大手メーカーのヒット玩具。そんな情報のみが残っていた代物だった。
 その残っていた情報を見る限り、端末をその辺にあるネットワーク回線に繋いだら、恐ろしい速度でその辺の基礎システムにアクセスしたり、そのシステム解析データの考察を出してくれるとは説明されていない。
 そんな馬鹿みたいなものが、今でも核シェルタークラスの金庫に納められ、リアルタイムで働いている。
 それに勝る本物なのかはここにあると言っても、確認する手立てが無い。精神を病んだ奴だと思われるか、デマゴギーとして都市伝説か現代の御伽話になる位だ。なので、ジンやラルフの持つshrineは公的記録は全くないし、何をやっても彼らの能力だと思われている。
 shrineを立証する術を模索していた理工学系の研究者・グレゴリーが、女性将校・ソフィーの持っていた刀がshrineだと宣い、実証する為にその刀を研究していた。そして彼の友人である軍医・ショーはグレゴリーの友人で、その研究レポートのサポートをしていた。
 十数年前に政府黙認で行われていた非公式なプロジェクトで、彼らの研究結果は残る事無く、研究の最中にグレゴリーが変死した事でプロジェクトは停止を余儀なくされた。彼が研究のためにと集めたプロジェクトチームは解体され、ショーと数人のサポーター以外は名前すら不明のまま片付られていた。shrineのシステムを解析するだけのスキルを持っているからだろう。彼らの情報は未だ厳重な機密処理が施され、調べようものなら膨大なリスクを伴ってくる。恐らく、その後に組織されたイデア・プログラム等の研究員として召集されたのだと、クローディアは推測していた。
 ショーが頼んだ人間は、グレゴリーの家族の状況と彼の弟の行方だった。グレゴリーの家族は、彼の息子以外は流行り病で死に、彼は奨学生として医学院に在籍。彼の弟は検死医としてこの街にいたものの、現在は行方知れず。
 全てのカードを揃えないと捉える場所が見えない事件を頼まれてから、クローディアのイライラは絶好調に続き、ラルフは無駄にじゃれつかれ、ウォルトが派手に八つ当たりを受けていた。
 クローディアが持って来たのは、グレゴリーが所属していた施設での施設使用簿冊類だった。施設のアナログ情報がデジタル化されていたらしい。
 
「あそこのデータベース、プロテクトしっかりしている癖に、こんなものしか入れて無いし。財政補助のかかった法人だからって無駄遣いもいいところだわ。そのシステム動かすだけの基板をこっちに寄越せっつの。」
「俺に文句をぶちまけるより、向こうに言ってやれ。」
「文句言ったって、どうせ謝るだけ謝って終わらせるだけでしょ。それにこの程度の事は知ってるだろうから、あのクソ真面目には教えてやんない。あー、無駄な手数踏んだー。眼が腐るー。肌がボロになるー。」

 クローディアは徹夜で消えていったビタミン補給だと、ウサギの如くがしがしとドライフルーツを噛み、ハーブティーをカップになみなみと注いだ。
 オリバーは書面をまじまじと見ながら、これの確証を出せなかった警察を哀れに思い、予想通り過ぎる事件背景の展開に驚いていた。

「この名前、お前は並ぶのが分かっていたのか?」
「何となく。十何年も前の話だからって、政治記者や中央府のシステムウォッチする奴等の間じゃ、未だに考察と憶測呼んでた話題だったって。父さんもそれでチェックしてたんでしょ。んでも、出てくる駒が大体分かったら、オリバーの方が終盤の調子まで当てられるんじゃない?」
「俺はそこまで考えない。俺が考えるのはこの件に何処まで関わるかだ。」
「嘘つき。チェスの好きな人がこんな面白いゲーム見たら、何も考えない訳がない。」

 クローディアの的を得た指摘に、オリバーはティーカップを傾けながら笑みを浮かべた。その顔を見てクローディアもにやりと笑む。
 ヘヴンズ・ドアで起こる殺人事件の盤面が25マスとすれば、この事件だと明らかに64マスを超えてくる。
 そこに、行動パターンの読めぬ駒が乗っている。参加するには自らも駒となり、目隠しでゲームを進行させる事が条件だ。
 好む戦略も戦術の型も違うが、2人共根っからの勝負好き故、この事件を知った時に内輪の中でこの2人が一番興奮していた。
 但し2人とも参加は不可能。クローディアは制限時間を持っていても行動範囲は恐ろしく狭く、相手の駒を取る力を持っていない。オリバーは程々に行動範囲と力を持っていても、持ち時間が全く無いので、恐ろしい速さでゲームを進めねばならない。
 参加しない替わりに、クローディアはゲームに参加する駒の数を増やした。オリバーは盤面の進行具合を計り、ただ事の成り行きを静観していた。
 遠目に見る対岸の大火事は、派手な打ち上げ花火よりもリアルで美しい。
 それが残酷な人の性である事を分かっていて、それを受け入れた彼らなりの選択だった。

「しかし、お前みたいな人選はせんぞ。」
「うん、そう思う。オリバーは平和主義だもん。ある程度、無難な手で片付けようとするもんね。」
「じゃあお前は彼奴等を何で選んだ?勘だけで選んだんじゃ無いだろ。」
「勿論。私が好きなアレグロにしてやろうと思って。」

 クローディアは指で軽快に机を叩き、片手はドライマンゴーで指揮をとり始めた。
 誰でも説明する時に、自分の判りやすい内容でまとめようとする。しかし人によっては余計に分かりにくくなる事がある。
 クローディアの場合、喩え話は音楽の用語に変換され、表現は全部自分の好きな曲になっていた。

「だってメインパートが全部の事を泥みたいなシンコペーションで進めてるじゃない。聞いていると鬱陶しくてイライラする。そこで火が付いたら物凄いテンポ刻むチェロと、馬鹿みたいにすっ飛ばしてくれるサックスを入れてみたら、ジャズセッションみたく膨らむと思ったのよ。向こうが合わせなくても、その2パートで嫌でも引っ張られるだろうね。」

 ウォルトには多少仮面を被るものの、長い付き合いのラルフやオリバーと喋る時はほぼ素の状態で、何時も何時でもこの調子になる。