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天国へのパズル - ICHICO -

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 ジンが何も食べていないのかと聞く前に、食べる暇が無かっただけだと呟き始める。その仕草はジンに笑いと多少の平穏をもたらした。
 少なくとも、彼女は空腹で人の肉を食らう化け物にはなりそうもない。笑われた事に不機嫌になって外方を向く位なので、腹の音に対する羞恥から相手を殺す流儀も持っていないだろう。
 もし持っていたとしたら、本物の詐欺師か狂人だ。この若さでその確率は低い。
 それでも、ジンはどちらでもない事を祈り、まず彼女の腹の虫を静めてやらねばと思った。


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 狭いバーカウンターに出されていた銀器類をアンジェラが片付けていると、誰かがドアを開いた。ドアを開けたのは背の高いブルネットヘアーの男だった。一見さんだったら此処を知った出所を聞かねばならないが、アンジェラも見知った人間だったので安堵した。安っぽいスーツを着ているが、ヘヴンズ・ドアのマフィアのアンダーボスで、なかなかに思慮深い男だ。

「今日はピアニスト出てくる?」

 普段は普通の民家なのだが、オープン時にはドアに鋳金で作られた梟が貼り付けてあり、小さなタチアオイを銜えている。彼のお陰でまだ表看板下げてなかった事に気づいたものの、来客者はヘブンズ・ドアにいるマフィアのコミッションに関する情報源なので、無下に追い返す事も出来ない。
 それに、この男は女性の機嫌を損ねる様な人間ではないので、アンジェラはバーボンのグラス一杯ぐらいなら出してやろうかと考えていた。

「さっき居たんだけれど、今日は選曲が酷かったから終了。」
「それじゃあ、今日はご機嫌斜めってことか。」
「ええ、だから今日は終わり。何か用事?」

 ご機嫌斜めもいいところで、ついさっきまで人を殺しかねない曲を弾いていた。紅茶を飲みながら聞きたい古典音楽ならいいものを、弾いていたのはラルフを襲った奴等が来店した時に弾いた即興をアレンジしたものだ。その手の曲を弾き始めたら、彼女が爆発する前兆だ。ピアノを壊すか、来客者に暴言を吐くか、卒倒するか。
 どれが起こっても嫌なので、ハラハラして何も出来ないウォルトに彼女好みのスイーツを買いに行かせ、轟々とピアノで文句をわめき散らす姫様を、出勤して早々の爺やに押し付けて奥の部屋に押し込め、彼女の壊れっぷりに驚いていた客を帰したところだった。
 ご機嫌斜めの理由は分かっている。依頼される前に探していた情報ソースが見つからず、中央府の情報データベース等に無茶なアクセスをしたり、わざわざ引き篭もりのハッカーの元へ足を運んだ後だからだろう。
 何かに傾倒しすぎた人間は、傾倒しすぎて他のモノとのコミュニケーション能力を欠いている者が多い。彼女の尋ねた男もその部類で、別に襲い掛かられはしなかったろうが、そこそこにセクハラ紛いの内容を言われ倒したに違いない。そんな時に、軽快なステップを踏めるジャズを弾ける程、クローディアは大人にはなっていなかった。

「まぁね。フランクからの伝言、アンジーからピアニストに伝えてくれる?」
「御免ね。うちのピアニストは他人の伝達ほど信用しないの。また次にしてよ。開店日はまたローランドに連絡しておくから。」
「なんだよ。今日はアンジーまで愛想が悪いのな。」

 しまった。愛想が無かったか。
 喧嘩上等で生きているアンジェラでも、ここに立っている間は商売人気質を演じているが故、そう思ってしまうと必要の無い愛想まで押し付けたくなる。

「ごめんなさい。お姫様のご機嫌が良い日にでも、仕事明けに向こう隣のホテルまでご一緒するわ。」

 女とホテルに行っても何も出来やしない。
 彼は俗に言う性機能障害で、この街にいる女では欲情しないというのを彼の自己申告で知っている。
 とりあえず話して楽しい奴となら、朝から飲み倒してホテルのワイン蔵を空にしてみたい。アンジェラの思いつきが通じたのかは分からないものの、向こうも愉快に感じたらしく微笑んだ。
 その返答する前に、彼の後ろから憤怒の声が響く。紙袋と看板を抱え、ウォルトが殴り倒さんばかりの顔で男を睨んでいた。

「すみません。どいてもらえませんか?」
「お、すまん。」

 アンジェラが余分の愛想を出してしまう場面になると、絶対ウォルトが現れる。そしてアンジェラのお愛想に、横槍をばっちり入れてくる。傍で見ていれば、彼の心情がだだもれ過ぎて滑稽な事この上無い。
 脳ミソにそういう電波を受信するアンテナを仕込んでるんじゃないかと、クローディアは笑いの種にしていて、やってくる客の殆どがウォルトがアンジェラに熱をあげていると思っていた。
 お陰でアンジェラのホテルのワインを飲み尽くす野望は、来客者がウォルトを温かい目で見守りつつ、会釈で去っていく事によりキャンセルされた。

「ありがとうございましたっ。」

 乱暴に荷物をカウンターに置くと、ウォルトはそのまま壊しそうな勢いでドアを閉めた。
 頼んだ物が直ぐに買えるジャンク系スイーツだから良かったものの、パティスリーで買ってくるケーキだったら跡形も無く崩れ去っている。とりあえず桃のスティックキャンディを取り出してみたら、ど真ん中からばっきりと折れていた。他のも折れているだろうが、食べるに困る程の折れ方では無い。
 アンジェラは折れていた欠片を口の中に放り込んだ。当たり前に桃の香りと、分かり易い単純な甘さが口の中に広がっていく。

「応対が投げやりだったじゃん。何怒ってんの?」
「別に怒ってません。」
「リップサービスが調子乗っていた?」
「ええ、そうです!女のプライドまで切り売りするなってマスターに言われてるでしょ!!」
「あんたの解釈とオリバーの解釈は違うと思うんだけど。お愛想も分かんないなんて。それに、行ったとしてもふっつーにホテルで飲み倒すだけよ。」
「それを切り売りって言うんです!」
「絶対違うと思うけどなぁ……っつか、毎回こういう場面で、ウォルトは止めに入ってくるね。何で?」
「偶然見かけるだけです。」

 偶然。
 そう言う時の声に微妙に力が入っていたのが可愛くて、昔の自分を思い出して笑ってしまった。
 辛い物が好きなアンジェラだが、クローディアの好きなキャンディも、ウォルトのクソ真面目さも純粋で大好きだ。昔はそれが良かったけれど、今はそれだけでは納得できない。キャンディの平面的な甘さだけでなく、カクテルの様に甘い中に苦味を隠しておかないと納得できない年になってしまった。隠れた苦味が、見える世界を面白くさせる。その魅力にとり憑かれて、見つける度に絶頂の気分を感じてしまう。
 目の前にいる甘ったるいばかりで直球勝負の彼にも、多少の苦味を加えれば魅力的になるだろう。それが何年先になるのかは知らないけれど。

「全部丸分かりなウォルトがあたしは大好きよ。」

 動揺したウォルトの熱く言い返す様が可愛くて、アンジェラはまた笑ってしまった。


***********************


「で、何曲弾いた?」
 
 ネオンのお陰で真夜中でも明るいのに、この部屋は光の侵入を拒むカーテンで薄暗く、時間通りの闇が降りていた。