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天国へのパズル - ICHICO -

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 答の変わりに再度殴ってやろうかと思いきや、向こうはベレッタM92をジンの眉間向けて構え、意地悪くほくそ笑んでいた。

「二度も同じ手を喰らうか。」

 よくよく見れば、ミリタリータイプのパンツに付いたポケットが不自然に膨らんでいた。先程仲良くなった奴等から、仲良くするついでに彼等の懐刀を拝借してきたのだろう。ジャンクショップに転売するつもりだったものが、いい具合に役に立った事に自慢げになっている。
 ジンは額にあたる銃口を手で押さえて呟いた。

「……これ、ちゃんと弾入っているのか。」
「勿論。俺と中身の変わらん馬鹿が使ってた代物でも、俺には残りの数を覚えるだけの記憶力がちゃんとあるぞ。」
「それなら、これはお前と同類の阿呆相手に使ってくれ。」
「はぁ?お前1人で、この可愛い子といいコトする気かよ。」
「話を聞くだけだ。お前もここにいればいい。それに、渦中の人物が一人でもいれば、話題の快楽殺人鬼、もしくは話題の野獣がやってくる可能性がある。向こうの方が化物らしく気配を消すのは上手いだろうし、お前以上に競り合いが好きそうだ。人手があるに越した事は無い。」
「来るのか?」
「お前だって同じ匂いのする奴は、向こうが喜ぶご馳走を用意して、涎垂らしてやって来た所を叩き潰すだろ。」
「確かに。」

 アルトは格闘が絡んだ勝負にのみ、どこまでも負けず嫌いになる。ジンの一言はアルトの気を逸らす有効な内容だった。
 銃の安全装置を外したまま、彼女の腕を離して周りを見渡す。アルトの狂犬じみた殺気に、掴んでいる腕がビクリと震えた。

「大丈夫。まだこの辺りにはいないと思う。分れば教えるから。」
「その言葉に嘘は無いだろうな。」
「無い。もし此処に来たら、お前1人で殺人鬼も化物も楽しんでくれ。向こうが死なない程度にな。」
「気が利くじゃねーか。」

 アルトはその場から離れていく。難しい話を聞くよりも、全ての答えを出すのを押しつけるつもりらしい。論理立てて考えるよりも直感で動く事を好む彼らしい判断に、少しばかり感謝の気持ちを感じた。今回はトリガーを引く勢いで全てを解決できる程、楽な内容では無さそうだ。それにその勢いで質問されても、答えられる人間とそうでない人間がいる。
 眼下で警戒したまま動かない彼女は、どうやら後者の人間の様だった。掴んでいる腕はまだ微かに震えている。小声でジンに囁いた。

「あの人、私には何もしない?」
「ああ。彼奴は頼まれた件にいる化物と喧嘩したいだけ。俺は君から話を聞くだけ。」

 そっと腕を放すと、彼女はこちらを見上げた。少年の様な成りをしているが、凛とした面持ちは写真よりもずっと大人びている。気の強そうな面持ちも相俟って、髪と服装を整えれば可愛らしい少女だった。
 手の甲にはイデアである証拠の刺青が彫られ、はっきりと実験データの保存コードナンバーが刻まれていた。
 イデアの実験体にされた理由など、今はまだ情報が散開していて調べようもない。時間を溯れば、殺人犯を実験体にしたのは彼女の年齢が10にも満たない頃のことになる。犯罪者家族まで実験体にし始めたのは、イデア・プログラム停止の半年前だった。恐らくは家族の誰かが当時政権を仕切っていた軍事与党の反対勢力の人間で、家族揃って投獄されたのだろう。
 眺められるのが嫌だったらしく、ジンを睨み付ける目が一段と厳しくなった。
 やはり、身形よりも、刺青よりも、ジンが惹きつけられたのは彼女の瞳だった。その瞳に宿る光は、イデアの概念からは明らかにかけ離れている。
 ニット帽の下から覗く瞳からは青春を謳歌する年頃の娘でも、思考判断削がれた哀れな傀儡でも、快楽殺人鬼やサイコパスの空虚な暗闇でもない。目の前に起こるもの全てをヒトとしての概念で認識し、理性を持って感情のままに動く「人間」に近い「生物」そのものだ。
 彼女が人間としての知性を放棄した「獣」の目をしていたのなら、犯人像は至極分かりやすいものに変わっただろう。

「獣」の目をしたイデアの行動と、その成れの果てをジンは知っていた。
 理智を放棄した「獣」は己の欲求のままに動き、動物としての本能で暴れ回った挙げ句、同じ姿をした「人間」によって捕獲される。普通の人間と扱いは同じ。違うのは人間として「刑」に処されるのではなく、動物や虫と同じように「処理」という名目で、非公開のまま片付けられるぐらいだ。一度は死んだ扱いになった人間に、義理立てて人道を示さないのがこの場所に居る大多数の見解。政府内の政権勢力が変わらない限り、操った人間に捜査の手は届かない。
 後腐れ無く切り捨てる事ができる人獣を使いこなすだけの手段があったなら、自分の思いのままに身辺整理ができる。そんな事ができる小賢しい傀儡師など、彼女を引き取っていた行方知れずの医者か、システムの狂い始めたshrineのどちらかしか思い付かない。そのどちらかの享楽に何人かが巻き添えを食う羽目になり、この街が振り回されてしまった。
 ジンが見立てていた大方の予想は、これでほぼ纏まりつつあった。彼女を目の前にするまで、それは変わる事が無かった。

 思わぬ修正に、ジンは情報の再構成を余儀無くされ、探していた人間の前で考え込んでしまう。
 渦中のど真ん中にいる少女は、そんなジンを睨み付けていた。

「考え込まなくても私は何も知らない。とっとと警察にでも引き渡せば。」
「俺達が面倒事を他人に任せる奴だったら、君の話なんて聞きやしない。……とりあえず、君は自分に対する扱い以上に、この事件で納得出来ない事があった。だから逃げた。そしてここにいる。違うか?」

 憶測で口を開いたジンにしてみれば、思ったままの言葉だった。しかし、それは彼女の本心を射抜くもので、ジンを見上げる彼女の瞳が微かに揺らぐ。

「初対面で私の何が判るのよ。」
「俺達を見る目付きとアルトをあしらった時。今も物凄い険悪な顔してる。……悪かった。荒っぽく捕まえた上に、あいつが失礼な事を言って。」
「別にいい。馴れたから、こういうの。」
「追われる事に?」
「うん。だって私が何か知ってると思うから、皆追いかけるんでしょ。じゃなきゃ、どうして私を捕まようとする人がいるの?」

 不満げな顔で、隠している刺青の入った手を掲げた。

「それにこの辺りにいる男の人は、コレを見るとベタベタ触ってくる人が多い。皆腹が立つから、大概は捕まる前に逃げてる。今とそう変わんない。」
「捕まれば殴り倒して?」
「……私が嫌だと言っても、誰も助けちゃくれないもの。これを隠す手袋も無くしたし。」
「そう…じゃあ今の君に協力している人はいないんだな。」
「そんな人がいてくれたら逃げたりしない。」

 ジンの問いに対して、てきぱきと喋る。
 どうやら自分の意思で動いている。そして闇雲に逃げている訳ではなさそうだった。彼女のなりの推測も的外れなものでは無いし、きっちりと自分の置かれた状況を弁えている。
 ただ、自分の力量考えず無茶をするタイプらしい。
 吐き出した文句へ付け足す様に、彼女の腹が空腹を訴えて鳴り響いた。

「……だな、悪い。」

 意思に反して出てきた本音からか、彼女は真っ赤になって俯いた。