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天国へのパズル - ICHICO -

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 そんな場所だから、皆それぞれに生きる目的を求め、自らの欲を充たす為に動いていた。自分の存在を消さぬ様にと、他人の命を喰い続ける。皆同じように、約束事のように。
 ここがこの街で深く暗い影の部分でも、此の街で一番人間が持つ動物的な感覚に満ちているのかも知れない。
 自然の法則が成り立っているこの場所と、ここにいる人々にジンは何故か愛しさを感じた。

「…所詮は人間も獣、か。」

 再び見上げた瞬間、満月が歪んでいた。
 人の顔もシュールな抽象画の様にぼやけ、意識が混濁する。光も、音も、当たり前に感じていたものが色褪せてしまい、ぼやけた意識の中にある確かなモノに全てを奪われていく。
 夢の中で聞いた馴染みのある声が届いた。

 『足を止めて。もうすぐ来る。』

 何が。
 そう問う前に彼の強制で視覚は奪われ、目の前にある道路やコンクリートとは違う世界が映し出された。
 物の残像がぼやけて、するすると流れていく。ぼやけた町並みには覚えがあっ
 た。すぐ傍の改造用パーツの店が並んでいる闇市のど真ん中だ。
 周りにいる人間よりも頭半分は下の目線で、世界が動いていく。しかも早いながらも人目をくぐり抜けていて、誰もこちらを向こうとはしない。
 着ているのはダークグレーの大振りのコートらしい。時折見える黒い袖が視界に残像を残していく。不意に止まる度にグレーがかった薄茶の髪と、うす汚れた白いYシャツが判る。そして、視線の先に自分のいるビルが見えた。

「おい。どうした。」

 面白くなさげな喧嘩好きから掛けられた声で、意識はあっけなく自分の元へ戻されていく。意識を向こう側へ向けなければ、きっと見失ってしまう。

「…見つけた。多分、写真の子だと思う。」
「ようやっとおでましか。調教しがいのある別嬪に育ってるか。」
「調教うんぬんは自分で確認しろ。今、彼女のいる方角は俺達から10時方向。」
「で、別嬪はどこにいるんだ。どこに向かってるんだ。」
「…ちょっと待て。」
「だからどこだ。さっさと吐け。」

 掴みかかってくるのを抑えて、更に感覚を研ぎ澄ませる。アルトの声が遠のき、視界が明瞭になっていく。

 この世界を見ている主は、丁度自分たちがいるビルの傍にたどり着いていた。スピードを緩めて周りを確認しながら歩を進めている。
 彼女が向かっている出入り口の前には、見覚えのある男が2人立っていた。片方は眼鏡を掛けた男で、もう片方は金髪の男。眼鏡の男は掴み掛かる金髪の男を退けようと必死だった。

 あれは、自分か。

 意識を自分の元へ戻した瞬間、すぐ傍を黒いニット帽を被った赤い瞳の少年がすれ違う。目深に被っているからか、顔立ちまでは判別ができない。
 とっさにジンが腕を掴む。鳶色の瞳がこちらを見上げた。
 そのまま腕を引き上げて回し、自分の傍に引き込んで関節を押さえる。簡単に捕獲完了。

「ここ。」
「あらまぁ。……貰った写真よりも可愛い顔になってる。やっぱり成長期は、子供でも女に化けさせるもんだな。

 アルトが顔を向けさせようと手を出した瞬間、アルトの横顔に向けて何かが振り上げられた。彼女の持っていた筒状のモノがアルトの手に収まり、更に振り上げていた彼女の腕を取る。アルトは足先を踏み、あっという間に反撃すら出来ない状態にしてしまった。
 値踏みするような目を向けられるのを拒み、彼女が必死に藻掻く姿は、まさに感情を持つ人間そのもの。
 イデアと言えば元・罪人、そして感情を削られてしまっている人型の傀儡。言われるままに動く便利な駒にしかなれず、壊れるまで飼い殺されていく哀れな存在。それがイデアの印象として一般に定着している。そのイメージとは違った雰囲気に、ジンは少しばかり驚いた。

「離して!」
「おお、逃げ続ける欠食児童の割には元気がいい。それなりにオジサンにサービスしてくれたら手は離すけど、どうする?」
「あんたなんかにするサービスなんて知らない。他の人に頼めば。」
「…顔だけじゃなく、俺好みのいい根性してる。気に入った。」

 にやりと笑んだ顔を見た瞬間、アルトのどうしようもない癖をジンは思い出した。
 テンションが切り替わって、気持ちが高ぶってる時はしつこい位に絡むのはいつもの事。だが、その臨界点を越えると絡むだけでは飽きたらず、絡んだ相手がぐうの音も出なくなるまで弄り倒す。更に、喧嘩を仕掛けた相手が自分好みの異性だと、絡み方はセクハラ並に酷かった。
 被害に遭った人間は、ジンが知っているだけでも数えきれない。商売で体を売る人間を除けば、彼の暴挙を受け流せた女性はほぼ皆無だった。Hollyhockでよく相手をしているアンジェラに至っては、相当の被害を受けている。
 興奮冷めやらぬアルトの暴言に腹を立て、いつもの調子で殴り倒そうとしたら、綺麗に押さえ込まれて言われたくない耳打ちのオンパレード。他にもその場で服を剥れかけることが数回。彼女の師匠であり、育ての親であるhollyhockの老僕ウェイター、オリバーと弟分のウォルトが止めに入って事なきを得ている。耳打ちされた内容に至っては言わずもがな。悔し涙を流す彼女を見る限り想像に難くない。
 最近ではこの凶行が起こるのを予測して、アルトが大興奮のままやってくると分かると、バーカウンターに隠してあるショットガンを持ち出していた。それはオリバーの持ち物で、彼女は使い方など知らない。しかし暴発上等とばかりに血走った目で弾倉に弾を詰めているのを、ジンは何度も目撃していた。
 止める気もなければ彼女に使い方を教える気も無い。腹の立つ存在に鉛玉を詰め込みたい気分なのだ。関われば、うっかり自分の体も蜂の巣にされかねない。

 気が付けば、アルトは藻掻いている彼女の顎を掴んでいた。明らかに好色の導火線へ火が付いている。咄嗟に出来たのはアルトの顔を遠ざける位だった。
 ごん、と鈍い音がして、アルトがつんのめった。どうやらアルトの顔めがけて手刀が入っていたらしい。明後日の方向を向いたまま、鼻を押さえている。手に鈍い感触が残っていた。

「まさかとは思うが、鼻まで折れてないだろうな。」
「大丈夫…厳しいツッコミありがとよ。でも俺が先だ。ここは譲れん。」
「待て。そっちに怒ってるんじゃない!」
「否定せずとも俺には分かる。誰の札も付けてない別嬪なら、最初に味見するのが常識だ。でも順番は守れ。俺が先!」
「お前の常識が非常識だ!お前の性癖に巻き込まれてこれ以上の被害者が増えたら、リリーに申し訳が無いと思わんのか。」
「何だよ。別に減るもんじゃなし。この程度のことでリリーが呪うかっつの。あいつはそこまで肝の小さい女じゃないぞ。」
「それじゃあ、リリーの替わりに俺が呪う。仕事が仕事にならない分、お前の寿命が10年縮まる事を願う!」
「わー。漢の本能を無視した奴がここにいる。ストイックばかりでモテると思ってる勘違い野郎だ!」
「何とでも言え。殴り合いのスキルしか持っていない阿呆でも、まずは彼女の事情を聞く位は考えろ。」
「ああ…確かに。俺とした事がうっかりだ。でも、こいつは犯人じゃないぞ。」
「……何を根拠に。」
「俺好みの別嬪に快楽殺人鬼はいない。」

 どんな根拠だ。