小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

天国へのパズル - ICHICO -

INDEX|15ページ/73ページ|

次のページ前のページ
 

 普通に治安問題に触れる大部分が集結しているのだが、ここで経営をする奴等は殆どがダークゾーンの人間、尚且つ有力者に匿名の心付けを送る気遣いを持ったマフィアが殆ど。取り締まるにも、議員の多数決によって『暗黙の了解』になっていた。そんな連中がこの暗闇を形作っている。
 蜜に誘われて人は集まる。そして、その身に纏う金銭という名の埃を落とし、それを集めようと人が群がってくる。どんな物を売っていても、商売の鉄則は存在していた。それが他人の命であろうとも。
 ビルの地下にある円形闘技場では嬌声が響き渡っていた。今日も血の舞台に立つのは、金と権力に自由を奪われた者が殆ど。動物でも、人間でも、命懸けで血を流す生き物がいれば支障はない。
 本日の演目はイデア・プログラムで実験体となったウシが数体、イデアを含んだ屈強な闘獣士数人の「闘牛」だった。
 実験以降にも投薬されてできた雄牛は、新薬による筋肉強化でステーキ肉には堅すぎる。
 そんな筋骨隆々の闘牛に、数人の闘獣士が集団で襲いかかる。血で血を洗うぶつかり合いは、槍を持ったイデアの闘獣士が闘牛の脳天を突き抜いて終局を迎えた。
 その間に、脇では怯えた顔をした闘獣士はイデアの闘牛に追いかけ回され、最後には腰骨を砕かれて倒れていた。
 脇では次の演目内容の投票券を持つ観客が、場立ちしている予想屋に群がっている。
 舞台でも観客でも血で血を洗う狂った宴が繰り広げられていた。普通に見れば、何かが狂っていた。だが、その全てが当たり前に人々に受け入れられていた。狂った場所を作り出した興行主、喜んで舞台に立つ役者、興行を愉しむ観客、ほぼ全員が汚れぬ程度の血と狂乱を望んでいるのだから。
 日の目には隠れて見えない秩序が、ここではごく当たり前の常識だった。

 そんな歓声に沸く会場の付近でも、似たような破壊音が響いていた。
 丁度闘技場の裏手、出入り口のすぐ傍の通路で、コンクリートを打ち抜く衝撃音と空気を切る音が遮る。それを眺める観客はおらずとも、光景はご近所で繰り広げられている舞台の演目と大差は無い。
 物音響き渡る辺りには弾倉の無い拳銃、投げ捨てられたナイフ、顎が変形した男、手足が思わぬ方向にねじ曲がった男。円形闘技場と変わらぬものが散乱していた。2人の人間が掃除でもする様に、周りにいる人間を捻り伏せていく。
 廊下の向こうで小太りの男は迷っていた。トイレの為に席を外し、戻ってきたら修羅場が巻き起こっていたのだ。仲間はほぼ全員片づけられている。まだ壁の影にいるので、相手には気付かれていない。
 選択肢は二つに一つ。戦うか、逃げるか。
 逃げれば職を失うし、戦える程に腕っ節が強ければ、こんな組織になど属していない。そんな奴にできる事は上の幹部に報告する位のもの。
 だからといって報告するだけだと、上層部からの風当たりがきつくなってしまう。たとえマフィアでも、組織になれば会社と同じ。有事の時には形ばかりの抵抗をしないと格好がつかない。そんな心理状況に誰もが追い込まれていく。
 この男も一応拳銃は持っていた。上の幹部から貰ったコルト・ガバメントが一丁。しかし、襲って来た2人組のどちらにこれのの照準を合わせればいいのか迷っていた。
 1人は肉眼で捉えられぬ早さで動き回っている。かろうじて右頬に不気味な模様が確認できただけだ。黄色系マフィアがしている様な刺青は鮮血と同じ位に紅い色をしていた。その男の右手も同じ位に真っ赤に染まっていた。
 イっている奴になど銃口向ける気は更々無かった。目が合えう前にやられる。その自信だけはある。
 もう1人は背の高い金髪の男。この男も動きは早かった。ただ、紅い刺青の男よりは照準は合わせ易く見えた。射撃の腕が微妙な自分でも捉えようの無いものじゃない気がして、相手から見えぬ位置に動く。手元がぶれぬ様に深呼吸をして、ゆっくりと銃身を構えた。

「遅ぇよ。判断が。」

 何時の間に。
 構えるのを予測する様に、男の顎と腹をめがけて恐ろしい早さで衝撃が加わる。
 この男には分かったのか。拳銃を構える所が見えたのか。
 胃から突き上げる感覚と、にやりと笑う男の無精髭。それを最後に拳銃を構えた男の世界は綺麗に暗転していった。

 程なくして、そこにも静寂が訪れた。惨劇の後には人影が2つあるぐらいで、他は先ほどと大差ない。
 ジンは唐突な暴力に負けてしまったマフィアの面々を眺めて一息ついた。黄褐色の瞳は感情など映さず、ただ動くモノを認識しているのみだった。服装は普段と変わりない。しかし、頬にまで伸びた刺青は電子回路のラインの様に入り組んでいて、一種異様な雰囲気を醸していた。
 戦闘中からずっと握りしめていた手を開く。真っ赤に染まった右手の平には、浅い切り傷が一筋つけられていて、血の代わりに赤々とした刺青のラインが巡っていた。

「……hibernation.」

 彼の一言で魔法のように刺青が傷痕へ吸い込まれ、掌の傷口が塞がっていった。
 傷口が消えるのと同調して、血に染まった真鍮の懐中時計が手品の様に姿を現した。持っていたハンカチで時計に付いた血痕を拭い、ポケットに収めた。
 アルトはと言うと、倒れた男達に話しかけている。話すこと自体が手持ちぶさたからくるものだからか。気絶している相手を鬱陶しい位に弄っていた。倒れた面々をクッション代わりに尻に敷いて、よれよれの煙草を吸いながら勝手な考察を並べていく。

「えーっと、お前らはそこの闘技場で試合控えてる奴らの護衛。何の気なしに声を掛けた俺らの事を、商売敵か何かだと思っちゃった。……って、鉄板に横槍入れに来たと思ったのか。アホならアホなりに、もうちょっと脳ミソ使って働けよ。血の結束と勤労意欲に溢れているのは構わんがなぁ」

 その調子で灰皿代わりに煙草を座布団へ押しつけた。薄く漂う紫煙、蛋白質の塊が小さく焦げる音、地味な疵を付けられてしまった座布団のうめき声。アルトはそれら丸々全て無視して、先程の戦闘についてのダメ出しを始めていた。同性相手だと虐め方がえげつない。労いの言葉以上の酷い扱いは、ジンの一言で打ち切られた。

「さっさと行くぞ。ここにも俺達の探し人はいなかった。」
「何だよ。今日は何時にも増して仕事熱心だな。もうちょっとゆっくりしようぜー。」
「そんなに遊びたいなら、ここじゃなく別の場所でやってくれ。」
「別にいいだろ。こいつらは俺達と変わらん位にイカレた馬鹿なんだぞ。ほーら。友好の証ー。」

 握手をすると同時に腕を捻って引き上げ、相手の肩を押さえて踏みつけた。友好の証とは思えない妙な音も、それに苦しむ哀れなうめき声も、腕を掴んで声高らかに笑う勝者によってかき消されていた。
 ジンはあきれ顔のまま、階段を上った。半地下から階段を上ると、ビルの上に高々と満月が昇っている。ドームの外では風が強いのだろう。ドームの外で舞う砂埃で、月は血の色を思わせる朱に染まっていた。行き交う人々は見上げる事もなく、普通に歩いている。
 満月は人を狂わせると言うが、この場所では狂気すらも日常にすり替わっていた。
 簡単に人の命が金に変わる。
 金の為に自分の命を叩き売る。
 それが当たり前。一般的な常識が非常識の代名詞。