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天国へのパズル - ICHICO -

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 ジンは我関せずの態度で眼鏡を起こし、ラルフは座る足を組みなおして遠くを見つめている。言えばその妙な絡みの対象が自分に変わると言うことが経験で分かっていた。
 絡まれ続ける立場のウォルトに至っては溜め息をつきながら、机の上に手に持っていた灰皿を置いていた。
 誰の目にも浮かんでいたのはたった一つの文句のみ。

『戦力としていると心強い。それなのに、何故動いた後はテンションが高いままなんだ』

 人は何らかの競争があれば、緊張を高めて感覚を研ぎ澄ます。自らの存在範囲を広げる為に。
 アルトの場合は感覚を研ぎ澄ますと同時に、違う意味での『戦闘本能』が高まってしまうらしい。どんな小さな戯れ事でも何らかの戦闘が絡むと、無駄に気分が高揚した状態が止まらない。
 絡み酒ならぬ、絡み喧嘩。それがアルトの悪い癖だった。
 違う事で気を逸らされない限り、いつも以上に他人に絡む。絡む。しつこい位に絡み倒す。
 まるでまだ動き足りないと訴えるように、妙な高揚感のままに動き回り続ける。止めるにしても戒める相手がアルト好みの美しい女性か、誰かからの容赦無い鉄拳が出てくるまでこの勢いは止まらない。
 そんな呆れた悪癖のお陰で、今のアルトを止める事はここにいる面々では出来そうもない。男しかいない上に、相手をすれば体力も精神力も削られるのが目に見えている。
 誰かこの馬鹿を止めてくれやしないだろうか。
 出来ることと言えば、それぞれに小さな憂いを心の端でポツリと呟く位。三人三様に天を仰ぐだけだった。

「まぁ、皆様無言の反抗期?そんなちっさい抵抗なんてここの強欲守銭奴のババァ共……」

 3人の小さな心の声がが神に届いたのかどうかは分からない。
 しかしアルトが『強欲』と口走ると同時に、アルトの背後から黒いハイヒールの踵が落ちた。
 灰皿に続いての地味な攻撃も、アルトは難なく片手で受け止めたものの、踵の主は更に上からシュガーポットいっぱいのグラニュー糖がアルトの頭上へ振り落とす。
 コツンと軽いシュガーポットのキャップの音が響き渡り、アルトの頭から舞台に舞う白雪のようにサラサラと砂糖が零れ落ちていった。

「あーらら。砂糖が勿体ねぇ。……皆が反抗期なら、お前は軽快なバイオレンスか。砂糖をふっかけるのは何の冗談だ。」

 変にテンションは上がれども、誰かから砂糖の雪を降らされる位の予想はしていたらしい。
 お陰でアルトの妙な演技はどこかに吹っ飛んでいる。但し、妙なテンションを維持したままだった。
 首をふるふると振り、砂糖の雪を床へ降らしながらアルトは気怠げに掴んだ足をずらした。
 そして落とされたシュガーポットの蓋を拾いあげてくるくると回し、背後に立っている人間に向かってわざとらしい溜め息をつく。
 アルト背後に立っていたのはバーテンダーの格好をした女性だった。
 しわ一つ無い白いシャツやぴっちりとした服の着こなしは仕事への真摯な雰囲気を漂わせている。
 しかし、彼女を見る限りではバーテンダーと言うよりも、ホステスと呼んだほうが正しいのかもしれない。
 さり気なく光るターコイズのピアスは、身に付けている服装と相俟って凛とした雰囲気を漂わせ、結われた栗色の髪は緩やかに頬へ掛かり、ほのかな色気を漂わせている。もてなしを受ける男性客が喜びそうな姿をしていた。
 色気溢れたバーメイドは再び踵やシュガーポット等を降り下ろしはしなかったが、トレイに乗せたコーヒーをジンとラルフの前に置きながら丁寧な文句をつらつらと並べ立てていった。

「冗談じゃなく自己防衛。恐ろしく可愛いオーナーと、昔も今も度胸溢れてる店長と、とびきり可愛い後輩の弁護込みよ。せめてクローディアが無茶な事をラルフやウォルトにやったって証拠を出してからその口開いて。あと、お前呼ばわり止めてくれる?自分勝手な友情を自己満足に押し通して、地獄に落ちた奴の尻しか追えない馬鹿に、『お前』呼ばわりされると腹が立つ。」

 文句を並べる声は怒りを漂わせながらも、心地よいメゾソプラノの声を響かせる。彼女にならカクテルだけでなく、自分すら愛でて欲しいと望む男性も数が多そうだ。
 だが、そんな男性達も今の彼女の顔を見れば裸足で逃げ出すだろう。美しさを残しつつも、彼女の顔は溢れんばかりの怒りが湧き出ているのだから。
 それこそ今の彼女の側に座れば、氷をかち割る勢いでアイスピックを頭上に振り降ろしかねない面相だった。怒りに任せて、対象は無作為。殴られるのがお好みのマゾヒスト以外は、裸足で逃げ出すに違いない。

「リリーは死んでねぇよ!今でも何処かで脳天気な笑い声あげてるに決まってらぁ……よし。お前のことはhollyhockの客が言ってるみたいに『カウンターの天使』とでも呼んでおく。年増の酔いどれ天使、俺にもコーヒー寄越せ。さっさと出さなきゃここでその仕事着剥くぞ。」

 豪快な怒りはどこ吹く風。怒りぐらいでは今のアルトを止める効果は無いままに、対象物に予想以上の不機嫌を振り上げる。
 3人の男の憂いだ顔を見ると彼女は呆れた溜め息を吐き、ゆるりとアルトの首筋を撫でた。
 仕事慣れで付いた知恵か、はたまた持って生まれた機転か。アルトの耳元にそっと囁く。

「女は20を過ぎたら年を取らないの。それに女は20過ぎたら、若さを保つために戦ってるのよ。それ位の事は分かっておいて。……あと、コーヒーが欲しいなら、まずは給仕している私の事を礼儀正しく『アンジェラさん』と呼んでからご注文頂けるかしら。」

 アルトの耳元へ媚惑的な声を降らせる様はどこまでも営業的に作られた顔。
 接客的セックスアピールを期待するのは客の性であり男の性だろう。懐柔されたネコの様にじゃれつく。
 
「……腹の立つ客のあしらい方、ちゃんと判ってるじゃん。アンジェラ、俺にもコーヒーくれよ。」

 にっこりと笑うアルトを見下ろし、アンジェラは手に持ったコーヒーを啜り始めた。

「あんたへ出すコーヒーなんざ持って無い。そんなに欲しいなら、この間馬鹿呑みした分を綺麗に清算してから、土下座して頼むのね。」
「うわー。汚ねぇ。商売根性ババ色のクソババアじゃねぇか。」
「ええ。元から腹も性根も真っ黒いババアですから。アハハハハハハハ」

 先程の綺麗な中高音とは比較にならないドスの利いた声で言い放った。この姿が本性なのか。それともこれが演技なのか。
 どちらとも取りようが無いままに勝負はこれにて決着。肝の据わった女優の圧勝でアルトの小喜劇は終幕を迎えた。
 ぶちぶちと負け犬の愚痴を零すアルトをのんびりと眺めつつ、ジンはソファにもたれているラルフに話を切り出した。

「で、あの男はどんな事を吐いたんだ。」
「アレに依頼した大元は軍の公安関係者だったみたいだな。こっちには未確認の情報まで依頼者から貰っていた。」
「ならあの男、そこの守銭奴から更にボコボコにされるだろうな。それこそ……」
 アルトに三度、アンジェラからの鉄拳制裁が下った。その様を横目で見つつ、ラルフは話を続けていく。
「まぁあの男のお陰でクローディアの勘が当たってそうだ。ソフィー・ヴィンセント……こいつの名前をジンなら覚えてるだろうな。」