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天国へのパズル - ICHICO -

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 その指遊びと同じ調子で男の言葉は続いていく。縛られた男の心を読みあげるように。

 情報収集ぐらいなら俺にもできる気がした。
 教えてくれたのは昨日一緒にポーカーをしていた若い男。
 誰かは知らない。
 負け続けの時にいくらか金を回してくれた奴だ。
 その分の金を返す代わりに報酬額がそこそこある仕事をくれた。
 それ以外にもそいつには借りがあったから、その話に乗ることにした。
 報酬額はそいつへの借金を帳消しにして、擦った分の俺の金も戻ってくる。
 その上、軽く遊ぶだけの余裕が出る位の額。
 その時の借りを返すのには丁度いいと思った。
 男が言ってたのは子供を一人見つける事。
 話を聞けば家無しの子供。化け犬事件の犯人らしい。
 その子供を見つけたらポーカーをやっているパブに連絡を残すだけ。
 それだけで金が手に入る。
 たかが家無し。ヘブンズ・ドアやシークレット・ガーデンに行けばその辺りにごろごろいる。
 その中からお目当ての子供を見つけるだけ。
 頼まれた仕事で、普通にやるにしても楽なもの。
 喧嘩が得意なバズも一緒に手伝うと言ってくれたので大丈夫だと思った。
 うまくいけば一儲けできる。
 そんな事を考えて動いていた。
 
 さっきヘブンズドアの裏通りで、何か知ってそうな男二人見つけた。
 探り入れようとした。
 それが自分達2人とも動けなくなった。
 眼鏡の男がいつの間にか自分達の顔を掴んでいた。その途端に動けなくなった。
 喋れもしない、手も足も動かない。
 何がなんだか分かんなかった。
 そうしている間にバズが金髪の髭にふっ飛ばされて、気がつけば俺は眼鏡の男にやられていた。
 そのまま気を失った。
 何故俺はこんなところにいるんだ。
 何故椅子に縛られてるんだ。

「どうしてだ……、か。聞かれても、俺にそこまで答える義務は無い。」

 酷く冷めた言葉は椅子に座り、拘束された男にに向けられていた。黒い空洞のような瞳がそこに拘束された男を映している。
 男の中に蠢くのは身体を軋む痛覚と溢れてくる恐怖心だけだった。暗闇はまるで鏡のように現実を映し出す。
 痛みと恐怖に取り憑かれた頭の中で、誰にも聞こえない叫び声を挙げ続けていく。

 何故だ
 何故だ
 何故だ
 
 何故こんな事になったんだ
 この男を俺は知っている
 俺の首ぐらい何時でも落とす化け物だ
 それ位やる奴だって俺でも知ってる
 どうしてこんな事になったんだ
 
 そんな男の口からは淡々と自分の知る情報を語り続けるのみ。男の意思とは無関係に感情は隠されて、向かい側に座る男が男の記憶を言葉を紡いでいく。
 考えている事など分かってると言いたげに、冷めた低い声が耳元で響いた。遠い向こうに座っているのに何故か囁くように届く。

「どうしてなのか考える前に選べるだろう。このまま椅子に縛られているのか、追いかけていた子供について知ってる情報を全て吐き出すか。……どうする?」

 分からない
 わからない
 ワカラナイ

 俺はまだ死にたくない。
 しぬのはいやだ……。


 ***********************


「人の頼んだ仕事に俺まで巻き込むな。」

 ノックをすることもなく扉が開け放たれ、客間じみた事務室に入って来た白金髪の男はソファーにどかりと座り、溜息と愚痴を零した。
 黒い瞳に浅黒い肌。着慣れた雰囲気を漂わせるダークグレーのスーツは、醸し出す雰囲気に合って様になっている。それに対して脱色した白金色の髪と、右耳に留められた大量のピアスは服装とは相反する装飾だった。
 だが、そのちぐはぐな組み合わせは彼なりのこだわりがあった。男の憮然とした態度は人の前でも変わる事はなく、軽いあくびをしていた。

「別にいいだろ。頼んだのはお前の愛人だ。雇われの腐れ店長の癖に文句言える立場かよ。」
「お前に頼まれると言うのが嫌なんだ。お前の頼み事にはいつもろくな事が無い。」
「うーわー。肝のちっせぇ発言が出た。そんな腐った臭いを振りまいてたら、クローディアが拗ねるぞ。強欲まみれな我が儘言うぞ。相手してられなくなるぞ。」
 そんな一息ついた店長に対して、情け容赦ない罵詈造言が降りかかる。
 罵詈造言は男の向かい側のソファーに座り能天気に煙草を吹かすアルトの口から零れ続ける。
 アルトが腐れ店長と呼んだ黒スーツの男、「hollyhock」店長のラルフ・グレイはアルトの文句を聞きながら、天井を仰いで再び欠伸をする。
 腐れ店長と呼ばれるほどラルフは腐ってはいない。寧ろアンダーグラウンドの人間ならば彼の歩んできた軌跡と彼の持って生まれた戦闘能力の高さで有名だった。だが、その一人歩きする名前からの有名税で、気分が腐る程の諍いに巻き込まれている。
 有名でいるのも楽ではない事を身を以って表していた。そういう意味ではアルトの戯言もあながち嘘ではない。
 腐れ店長呼ばわりされた白金髪の男が動いたのかは分からない。
 ただ、アルトが喋り終わるのと同時に、何処からともなくガラス製の馬鹿でかい灰皿がアルトに向かって飛んできた。新種のフリスビーのように投げられたガラスの塊は、アルトの前頭骨ど真ん中めがけてすっ飛んで行き、低く鈍い音を立てる。
 低い響きだけをとれば、ほぼノックアウト。それこそ目的達成と同時に、ガラスとアルトの頭が弾け飛ぶような響きだった。
 だが、そう簡単に吹き飛ぶ事などは無い標的だった。
 重量感溢れたフリスビーはアルトの右手によって、目標到達の手前で受け止められた。
 普通の来客者なら、あまりに不躾な態度に腹腸煮えくり返らせて激怒するところだ。しかし、標的の主はあからさまな敵意すらも、愉快な歓迎に捉えるらしい。
 受け止めた灰皿をひょいと持ち替え、煙草の灰を落としながら楽しげに笑みを浮かべていた。

「相変わらず無駄な愛が溢れてるな。クソ餓鬼、強欲女と店長に忠義を立てるの巻ってか。」
「報われない愛と心情を通し続けているお前にクソ餓鬼呼ばわりされる覚えは無い。用が済んだらとっとと帰れ。」

 灰皿を投げたのは、事務室の扉の前に立っていた黒人のウエイターだった。濃く黒い肌、そして耳に付けられた銀色に輝く大量のピアスとイヤーカフス。その憧れめいた格好はラルフに酷似している。
 彼は投げつけた灰皿を奪い取ると、口も達者なアルトを睨みつける。
 そんなウォルトの不機嫌な態度すら、アルトは面白いものでも見るように見上げていた。ぞんざいな扱いにアルトはわざとらしく涙を零す仕草を見せて、演技臭く頬に手を添えた。過剰な演出をしつつ、小馬鹿にした笑みを浮かべ、さめざめと悲しい口調で哀れな嘆きを語り出した。

「そんな鬱憤晴らし籠った物言いで、ウォルトがラルフの補佐だとは思えないわ。あまりの態度に涙が出ちゃう。ねぇ、この調子でこの子大丈夫かしら。このままだったらオリバーのじっちゃんかアンジェラがぶちギレて、眉間に穴開けちゃうかもしれないわよ。」

 微妙に言葉遣いがおかしいのはアルト独自の演出か。
 傍観者二人共、ウォルトからその演技で鬱陶しがられていると言う気はなかった。