「Boys in Love」
何、だよ。
「微温(ぬる)いわね」
環女史は意味ありげに笑って一賀の方へ手を伸ばした。
奴はもうだめだった。催眠術でも掛けられたようにふらふらとその手に吸い寄せられていく。
微温(ぬる)いってどういうことだよ。俺のやり方が手緩かったって言うのかよ。そいつが俺たちを拒絶し続けてきたんだぞ。
一賀のくそったれ。棘だらけで、人なんか寄せ付けもしなかったくせに。
「目的があるなら手段は選んでいられないのよ」
環女史は俺たちが見ている目の前で、一賀の奴に口付けた。
あ―――――――――――――――。
――たっぷり二十秒以上俺たちは待たされた。
ゆっくりと二人が離れる。
一賀は崩れるように膝をつき、ぺたんと地面に座り込んだ。
「魂まで抜かれたみたいね」
彩子の耳元で囁く声が首筋を撫でる。
一賀はふらあっと後ろへ倒れた。
環女史はぶっ倒れた一賀を見下ろして、
「神田環よ、宜しく」
と言った。踵(きびす)を返してふらりと校門へ向かう。このままにする気かよ。
「環っ、こいつ、どうするんだよ」
俺は一賀の襟元を掴んで引き起こした。
中身のない人形のように軽い。惚(ほう)けた、幸せそうな顔しやがって。
「一度くらい殴ってあげれば」
環――環女史はそれきり振り返りもしなかった。
「相変わらず、彼女、痛いところを突くわね」
「どういう意味だよ、あれは」
俺は彩子を振り仰いだ。――解ったような口ききやがって。
「その子どうするつもり?」
「どうするって、連れてくさ、正気に戻してな」
「微温(ぬる)い、ね」
「だから、どういう意味だよ」
彩子は俺の肩に手を置いて、俺の顔を覗き込んだ。
「熱くもない、冷たくもない。微温いのよ、あなたは。――そう、誰に対しても、ね」
彩子の顔が近付いてくる。お、おい、待てよ。さ、彩子。お前まで、何―――――――。
彩子は俺の唇に軽く触れるだけのキスを落とした。初めての、キス。
作品名:「Boys in Love」 作家名:井沢さと