「Boys in Love」
「式の後はホームルームだろ」
俺は新入生の予定を教えてやった。
「あんた、成瀬薫」
一賀はまだはっきりしない顔つきだった。大丈夫かよ。
「お前、こんなとこで何やってんだ」
奴は俺と彩子の顔を代わる代わる見てから空を見上げた。環女史の方へは意識的にか無意識なのか、顔さえ向けようとしない。
「あんた、ここの学校だったっけ」
こいつ――惚(とぼ)けてんのか。――それとも、一高龍騎兵をほかの連中と区別してなかったのか。
「お前ねぇもう少し上手く世渡りしないと身体が保(も)たねぇぞ」
俺は聞きはしないだろうと思いながらも忠告した。身体が弱いくせに、誰かに守ってもらうことも、引くことも知らない。お節介な後輩だって学校にまではついて来られないんだからな。
一賀はふうっと息を吐(つ)いて俺に視線を戻した。
――戻った…のか?
一賀の目はさっきまでと違って冷めた――いつもの目に戻っていた。
「あんたは、世渡り上手だって言うのか?成瀬薫」
くすっと俺の横で彩子が笑う。
いつもの奴だ。俺を年上とも思っていない。
「お前みたいに無駄な喧嘩を売ったり買ったりはしないさ」
俺は無駄な問答を始めた。
「バカと連(つる)むよりはいい」
この一年、こいつとこういうやりとりを何回繰り返しただろう。
「連む必要はないさ。挑発さえしなけりゃな」
俺は気長に一賀に付き合ってきた。
確かにバカな奴は多い。しかし、無駄な怪我人は減らしたかった。特に一賀の弱点が知れた以上、無傷の龍騎兵との衝突だけは避けたかった。
「じゃあ、俺の半径二百メートル以内には近付くなと言っとけよ」
一賀は俺の言葉を撥ね返し続けてきた。
――やっぱり無駄か。
俺はゆっくりと息を吸い込んでそれを溜息にして吐き出そうとした。そのとき――――。
「中途半端ねぇ。薫ちゃん」
環女史が口を開いた。
その声に一賀がぴくんと反応した。
「その殻を砕くのにその程度の圧じゃだめだわ」
環女史の言葉はいつも難しい。殻を砕く――圧?俺が中途半端だって?
声に操られ、一賀が見てはいけないものを見ようとするように恐る恐る首を回した。筋肉の軋む音が聞こえそうだった。
「壊してしまうのが怖い?」
環女史は続けた。
怖い――俺が?何を?
「ああ、そうなのね」と彩子が環女史の言葉に頷く。
作品名:「Boys in Love」 作家名:井沢さと