「Boys in Love」
挨拶しろとは言っても、龍騎兵だって一賀にゃあ手を出しかねて、奴がうちの校区なのをいいことに勝手にメンバーだってことにして二高や三高の連中とやり合うのをただ見ていただけなのだ。あいつにしてみりゃ挨拶しなきゃならない理由などない。
しかし、龍騎兵としては面子上、呼び出して顔くらい拝んでおかなければならなかった。
「あの子に挨拶させられる?」
「させるさ。あいつだってバカじゃない。挨拶一つで三年間平穏無事に暮らせるんだ、俺なら喜んで挨拶してるぜ」
「あなたは平穏無事じゃなかったものね」
彩子は笑った。
笑い事じゃないぜ。俺がどれだけ苦労してるか。
「あいつのためにも俺たちのためにも穏便に済ませたいもんだな」
龍騎兵にはあいつをどうこうしようなどという考えはない。――二高の踊る人形(ダンシングドール)を潰してくれただけでも、うちにとっちゃあ大きな貢献だったのだ。あいつの腕に頼らなくてもあいつの名前だけで対立チームの抑えにはなる。
あいつにももうバカな無理はさせたくなかった。
「骨が折れるわね」
まったく。
「お前も俺なんかと付き合ってなけりゃあ、もっと平穏に暮らせたのになぁ」
俺は彩子のにこにこ顔を見ながらしみじみと言った。
「幼なじみ」ってだけで、苦労させたよ、ホント。
俺たちは校門脇の駐輪場のところで二人に追いついた。
何がどうなったのか、ぼんやり佇(たたず)む環女史の前で、一賀が真っ赤になって俯いていた。
「ああ、薫ちゃん」
環女史は俺たちに気付いてこちらを振り返った。
家の近所の奴らは年下でも俺のことをちゃん付(づけ)で呼びやがる。彩子が率先してそうだから、誰も改めようとはしない。環女史も例外ではなく、滅多に会うことがなくても俺を気安く「薫ちゃん」と呼んだ。
「環女史、もう帰るのか?」
俺の方は、彼女には一目も二目も置いているので、皆と同じように「女史」と呼んでいた。
「ええ」
俺は次の言葉を待ったが、彼女は早退の言い訳もこれからどこへ行くつもりなのかも言いはしなかった。
「一賀、お前もか」
俺は一賀にも声を掛けた。
そのときになってようやく一賀は我に返ったようだった。
「俺…どうして」
自分がどうしてここにいるのかも解らない様子で、きょとんと俺たちの顔を見ている。こりゃ、重症だな。
作品名:「Boys in Love」 作家名:井沢さと