「Boys in Love」
神田環。二中――俺たちの出身校、西讃第二中きっての秀才――いや、天才と言ってもいい――で、誰しもが尊敬と畏怖を込めて彼女のことを「女史」と呼んでいる。そうか、彼女も今年入学だっけ。
妹の神田恵子ともども、家が近いこともあって、俺たちの幼なじみには違いないんだが、環女史は妹のケーコと違って全然人付き合いしないし、ケーコ曰く放浪癖があるらしくて、滅多にお目にかかれることはないのだ。中学だって、学年首席の座こそ三年間守り通したが、出席日数は卒業できるギリギリだったらしい。
「何で一賀が環女史を」
そう口には出したが、その答えは俺にも分かっていた。ただ、どーしても信じられないだけだ。
あの「最強最悪」の日栄一賀が。
相手が美人で天才と誉れの高い環女史とはいえ。
「恋」をするなんて。
「あいつ、男と女の区別、できたのかよ」
俺はぼやいた。
「環女史を選ぶなんてかなり目が高いわね」
「冗談じゃないぞ。あんな腑抜けた顔して後つけて、どうするつもりだよ」
「どうもしないわよ。あの子じゃ、あれ以上環女史に近づけやしないわ」
彩子は面白そうに笑った。
たく。女って奴は。あの一賀でさえ「あの子」扱いかよ。
「何でそう思う」
「だって――。あの子のあんな顔見たことある?」
「あるわけないだろ」
「可愛いわよねぇ。間違いなく『初恋』よ。自分でも何やってるか分かってないんだわ」
可愛いって――笑い事じゃないぞ。あいつ、「最強」じゃなくなったら龍騎兵(ドラグーン)からだって狙われかねないんだぞ。
一賀と環女史を目で追っていた俺は、二人が入学式のあった体育館からそのまま校門の方へ歩いていくのを見て、慌ててベンチから立ち上がった。
「あいつら、入学早々エスケープかよ」
二人の後を追って校門へ向かう。
ケーコに言わせると、ぼーっとしているようで環女史の行動を追うことはかなり難しい。緩慢な動作で動いているように見えるのに、ちょっとでも視線を逸(そ)らすともういなくなっているという。一度見失ったら見つけるのは至難の業だ。そのままふらりと旅に出てしまうこともあるらしい。
二人が視界から消える前に追いついとかないと。
「薫ちゃん、どうするの?あの子、今日、集会に連れていくの?」
早足に歩きながら彩子。
「先輩が挨拶させろって言ってたからなぁ」
俺は空を仰いだ。
作品名:「Boys in Love」 作家名:井沢さと