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日永ナオ(れいし)
日永ナオ(れいし)
novelistID. 15615
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ハザード

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 ゆらゆらと美しい炎の壁と睨めっこ。そこまで厳重にセキュリティしなくてもいいと思う。怖い。
「とうっ!」
 いい加減に、壁を突破しない俺に久壱が呆れるだろうから、睨めっこも終わりにした。
 火中をど真ん中ストレートで通り過ぎ、目的の蝋燭を掴む。
 しっかりと。しっかりと、火にも炙られている。熱くない。すげぇ。
 どうだ、と言わんばかりに久壱を見ると、人を素直に応援できる心を持っている久壱は、拍手をした。物心つけば、火が危ないものだっていう認識は植えつけられる。
「ざんねーん! はずれー!」
「はっ?」
「え?」
 どこからともなく、先ほど別れた蝋人間の声が聞こえてきた。同時に、掴んだはずの蝋燭の感触がなくなっていくことに、戸惑いを隠せない。
「はずれってなんだよ!」
 わからないことは人に聞け。聞かぬは一生の恥だ。ここでは聞かねば永遠にシュレーディンガーの猫になってしまう可能性がある。恥どころの話じゃない。
 どこに居るのかもわからない蝋人間にはとりあえず叫んで問いかけた。自然と上を向いてしまうのは、こういうときのお約束。
 久壱は隣でわあわあと騒いでいるようだが、脳が情報の取得を拒否。キャパシティオーバー。十五歳一般中学三年生に聖徳太子を求めないでくれ。
 そんな俺を無視して、蝋人間はやはり陽気な声で告げる。恐らく笑顔だ。
「一番大きい蝋燭、その正解とは! この塔のことでした! 出来の悪い現代っ子はお呼びではありませんからね、さようならです」
 まるで漫画のように、姿の見えないままの蝋人間の言葉を皮切りに、床がふっと消えた。
 おいおい。
「さよならしてぇのは俺の方だばかやろー!」
「たすけてええええ!」
 俺と久壱は、叫びながら底なしの空だか床だか塔だかを自由落下し、無残なピーとなるはずだった。あれ、放送規制入ったな。
 しかし、悪夢は俺たちを生殺しにしたいらしい。
 ベッドから落ちた程度の衝撃で、俺たちはどこかの地面に不時着した。蝋人間の暗い塔に飛ばされたときより衝撃がない。
「久壱、居るか?」
 目の前では精神的理由で星が飛んでいるため、久壱を目で確認できない。呼びかけてみれば、腕を叩く者あり。
 頭をふるふると揺さぶって目を覚ます。やがて見えたのは、やや辺りが暗くなっているが、クリーム色の外壁が優しい、自宅だった。今しりもちをついているこの場所は、レンガ敷きの小道だ。自宅の全貌が見える。間の障害物といえば、家の前にある車くらいだ。
 しかしこの車、見覚えがあるようなないような。
「……帰って来たのか」
「か、かえれた……」
 俺も久壱も、周りの家屋と同じように、家が発する灯を見て、揃って安堵の声をもらした。
「蝋人間は? 手袋は?」
「さぁ」
 帰れたのだろうが、久壱の率直な疑問に曖昧な返事をしたのには理由がある。
 蝋人間も、塔も、不審な手袋も、この周辺にはないだろう。とりあえず見渡してみた範囲に、手袋はなかった。久壱の全身も見たが、ポケットが膨らんでいることもない。
 しかし、嫌な予感は続いていた。
「久壱、油断すんなよ」
「なんで?」
「兄ちゃんの命令だ」
 ここまで連れてきたら、久壱の手を離すほうが危ない。俺は久壱と手を繋ぎ、最後の最後まで気を抜かないように久壱の手を引きながら立ち上がる。
 辺りを窺いながら、家へ急ぐ。嫌な予感は勢いよく積もる。由伊姉。帰って来たよ、でもまだ終わってないんだ。助けてくれ。
「姉ちゃん……!」
 ちくしょう、涙目だ。怖くて恋しくて助けて欲しくてしょうがない。
 懐かしい気配のする車を横切って玄関へ向かう途中、車の影から誰かが飛び出してきて俺を突き飛ばした。諸共久壱が転がる。
「って!」
「わぁ!」
 なんか突き飛ばし方が優しいなぁなんて、今日経験した中で比べてみたら、突き飛ばした主がそりゃ優しいわけだ。見ればわかる。
 まだ晩夏だというのに、長袖長ズボンの中学指定ジャージを着こなしている、今と変わらないセミロングの髪の女子中学生。
「うちの弟に手出してんじゃないっていうの!」
 久壱も俺も、ぱくぱくと口を動かすだけで何も言えなかった。
 鈍い衝撃の音がした。俺たちの背後を追いかけていたであろう若草色の人の形を、車の影から出てきた女子中学生が蹴り飛ばす。あんなのが後ろに居たのに気付けないなんて。どれだけ切羽詰っていたのか分かる。
 若草色の人の形は、蹴りを食らうと、風もないのに草原の葉っぱのように散っていった。
「斬るまでもないのね」
 女子中学生は物騒なセリフを捨てて、俺たちに向き直る。
 俺は恐る恐る話しかけた。
「由伊姉……だよな?」
「広也ね。師匠から伝言があるから聞きなさい」
「待て待て、姉ちゃん退化した?」
 久壱は恐らく、薄ぼんやりと記憶にある程度だろうが、俺はこの姉に数回ボコられているのでしっかりと記憶に残っている。
 ここに居る女子中学生は間違いなく由伊姉だが、髪がセミロングになっているということは、髪型の情緒不安定期を越えた中学三年ということになる。
 実際の姉は、今年の一月に成人式を迎えた。
「人の話を聞け。いい? 広也、久壱。師匠はこれを『兵の夢』と呼んでる。あとは未来に任せろって言われたから知らない。ついさっきパシられたところで師匠がおもむろにそう言ったんだよね。それで、これ伝えたらビンタして目を覚まさせればいいってさ」
 有無を言わさず由伊姉は喋り続け、喋り終わるころには、俺ににじり寄ってきていた。
「俺の質問に答えてくれ……あと久壱には優しくしてくれよ」
「私はいつでも優しいお姉さんじゃない」
 両手をよくすり合わせてから、迫る危機に何も言えなかった久壱と俺に、由伊姉は両手を振りかぶってぶつけた。嫌な予感はすっかり消え去っていたから、わりと爽快だった。
 やっぱり解決役は由伊姉が合ってるよ。

「兄やん無事?!」
 ノックもせずに久壱が俺の部屋に駆け込んできた。この家の人間はいつの間にノックというものを忘れたのだろう。
 もぞもぞと布団から起き上がる。土曜の朝だというのにこの弟は元気だ。もう夏休みも終わったから、プールもないだろうに。
「なんだよ無事って」
 目覚めの嘘一番。うまくもなんともない。
「え、だって、さっき生首が塔に居て、由伊姉やんが化け物蹴り飛ばしてビンタして帰って来たじゃん」
「…………」
 失敗しやがってあの姉。
 でもまぁ想定内の事態だったので、こう答える。
「お前の夢の話をされても困るんだけど」
「夢じゃないよ! 本当におれ、兄やんと塔に行ったじゃん!」
「俺は今まで寝てたんだけど。そんなに濃い夢だったのか?」
「……兄やん憶えてないの?」
「憶えてるも何もないって。知らないし」
 否定の即答効果か、久壱は塔のことイコール夢、と情報を書き換えたらしく、「寝惚けたかも」とだけ呟いて、謝罪もせずに部屋を出て行った。
 不躾な弟だ。
 久壱が部屋を出て行けば、室内には静寂が広まった。先ほどまで寝ていたのは確かだが、脳はしっかりと覚醒している。
 嘘をついた。いや、久壱にもだけど。
 寝てはいない。
作品名:ハザード 作家名:日永ナオ(れいし)