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卒業文集

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ぺしゃんこにしぼんだバターと砂糖と小麦粉の塊。黒く焦げた表面をかじったら甘酸っぱいいちごの味がした。グロテスクな見た目とは異なり味は意外とまとも。袋に入れるのはやめて、無造作に口の中に押し込む。なんて惨めなバレンタイン。
『13日の日曜日』



私は息をするように嘘をつく。目を見て、足を止めて、正座をして、さも本当のことのように偽りを吐き出す。相手が恐らく気づいているのも承知の上で塗り潰すように重ねていく。嘘が気道につかえて、身動きがとれなくなるまでに。
『窒息する溜め息』



初恋を失ってから1週間と少し。僕の2回目のラブレターの返事が明日届く。もう彼女の気持ちは決まっているのだろうし、大方予想もしている。天使のささやきはきっと、24時を越えたら悪魔の囁きに変わってしまう。
『ミッドナイト2分前』



きみの言葉がメスを入れたのは。子孫を残そうという行動は人間の。きみに対する非生産的な性的衝動はぼくの、理性と本能の間の、そう、本性。
『表裏半体』



愛とか云う都合のいい身勝手な言葉で君の足に枷を嵌めた。甘い台詞の裏に毒をたっぷりと含ませて、接吻の先に矢の指を這わして、鎖を鳴らしながら飛ぶ君が堕ちてくるのを僕は待っている。
『恋の背中に黒い羽』



知らない方がいいことを知ってしまったらどうなるのか、私はずっと知りたかった。情報よりその後の現実を。だから私はありとあらゆる情報を手当たり次第、貪るように手にして。今の私に見えるのは、情報弱者の屍と、足元、背後に居る恐怖。
『データの魔人』



彼女からの返信はやはり白紙だった。葉書を握る手が震える。それでも何故か、泣く気はしない。身の振り方が分かっているからなのか、は、分からないけど。・・・・・・嘘、ほんとは、
『心から出たひとしずく』



隣に座った彼女は朝から漢字ばかり眺めている。飴色の水面を時折舐めるように飲む、彼女のあごを伝う雫を指ですくって舐めてみたらとても甘かった。「今日は命日なの」「誰の?」「あなたもよく知ってる人」「会ったことある?」「実物に会ってたらすごい」
『白昼ニルヴァーナ1』



「ふうん、誰?」「ヒントその1、2500年前くらいの人」「ざっくり」「その2、4億588万人が今日神妙に生きてる」「・・・わかんねぇよ」もう一口どう、とガラスのコップを渡された。飲んでみるとやはり甘い。「天上天下唯我独尊な味でしょ」
『白昼ニルヴァーナ2』



「干鰯って、煮干し?昔の人煮干し畑に埋めてたの?」何もすることがなくなった2月の半ば。ビニール紐で縛る前、最後に開いたページを見てのん気な独り言。有機物は土に還る。人間だって、チョコレートだって。
『縛りかけた取りこぼし』



なかなか来ない電車を待つ。白く濁った息が後ろに流れては消えた。幾度目かのアナウンスが流れようとも、電車が来る気配はない。始発の駅、出発まで10分を切った。横からお節介な忠告。ああ、一緒に帰りたくない!
『排他する街Sの四番線から』



時間を確認すると、急に見るのが怖くなる。夢の背中が見えてくると、急にそれが味気なく感じてくる。妙な緊張感と焦燥感に追われながら、眠れない夜が更けて行く。
『決戦前夜』



君の笑っている顔が好きだ。それだけで僕の面倒ないろいろが楽になる気がするから。君の笑顔はそりゃ、愛しいと思っているのだけれど、僕は君の泣き顔も好きだ。気がするから、だけでなく、本当に満たされるんだ。
『嗜虐的幻想』



幸せな恋をしてみたかった。誰もが羨むような劇場型の恋愛じゃなくていい。ひっそりと教室の隅に転がってるくらいでいい。それこそ、勝手なようだけど自分が幸せならいい、とか思ってしまう。今までだって幸せじゃないわけじゃなかった。想ってる間は確かに楽しかったから。
『片重い』





作品名:卒業文集 作家名:蜜井