才能がない!
だいぶ主観だの偏見だのが入ってそうな語りはおいといて。
だってエナさん、それは本性が出てるから。……なんて言うと怖いから言わないけどさ、私は。
あ、でも言う馬鹿がいる。
「だからそれは本性が出てんだって言ってっだろ。エ……ばふぅっ」
いきなり三階の窓から顔を出したそいつは、私が名前を呼ぶ間もなく、あっという間に雑誌の餌食2号になった。エナの罵声だけが奴が落ちてから一人時間差で響く。
「いくらわたくしのこの可憐な美貌に引き寄せられてしまうからといって、愚か者は黙っておいでなさいっ、ファレス!」
いやー、大っきく違うと思うなぁ、それ。
シイが窓の外を覗いて、大丈夫かぁ、とか声をかけている。声をかけているということはファレスは生きているということだ。生きてて何よりだがきっと今日も流血の欠片すら見せてないに違いない。ちっ、つくづく無駄なほど頑丈な奴め。
ちらっと下を見たら人垣ができていた。真ん中にうつ伏せで倒れてるスリムな白金髪。平然と起き上がって新たに悲鳴を上げられている辺りが何だか哀れ。あの声の主はきっと初年生だ。うちの学年じゃもう誰もあそこまでは驚かないもんね。
「ま、ファレスの言い分はおいといて。イメージとかエナは言ったけどさ、そもそも魔法力って何を基準に持ってるんだろう。あたしはどうせ持つなら小説の題材になるような魔法力が良かったなぁ」
「死霊魔法とか?」
「こだわるね、シイ。別になんでもいいんだけどさ。小説家になれる魔法があるならともかく」
あるわけないのを承知で言ったら、エナがふんと鼻で笑ってくれた。
「魔法万能神話なんて一世紀は遅れてますわよ、ミノワ」
「あったらよ、あったらいいなぁってだけ。分かってるよぅ、そもそもそんな、人の願望を叶えてくれるような魔法があったら今頃世界が引っ繰り返ってるもんね」
「あ、でも俺、禁呪ではあるって聞いたことあるような……」
「えっ、ホントに?!」
初耳情報に聞き返す声に力が入る。そんなのが噂のかけらほどでもあるなら、みんな血眼を通り越して血まみれになって探してるんじゃないか?
私の勢いに恐れをなしたか、シイは視線をあちこちに彷徨わせた後、気のせいかも、と言葉を濁した。エナは初めから眉唾物だと思ってたらしく、うさん臭そうに肩をすくめるのみだ。
でも私は気になるなぁ。だってそんな未知な魔法、物騒だけどあったら面白いと思わない? まあ自分で使うかどうかは別として。
「……ミノワ、神霊魔法、嫌い……?」
そんな不謹慎なことを考えていたせいだろうか。不意にかけられたカーザの疑問が、まるでお前は神霊魔法が嫌いなんだろうと確認されてるみたいに聞こえてドキッとした。思わずカーザを凝視する。
カーザは違う、と言うように微かに首を振った。
「……流れてない」
「え、えっと。今のはただの質問で、生命魔法で読んじゃったわけじゃないってこと?」
聞き返したら、こくんと頷きが返ってきた。
この生命魔法、特殊な体質の人のみが使える、他人と意識を共有してしまう、つまり他人の考えている事がまるっと分かってしまうという便利そうで実は不便なんじゃなかろうかと思われる魔法なんだけど、カーザはまだ殆ど制御しきれてなかったりする。ようするにこっちの考えてることが知らずのうちに筒抜けになってるときが結構あるわけなんだけど。
どうやら今のは本当に違うらしい。
「ううーん……。嫌いじゃあない……んだけど、ね。なんて言えばいいのかなぁ」
「単に似合わなさを理解してるだけではなくて?」
エナ……。
自覚があるだけにぐうの音も出ない。確かに私は血塗れが好きだよ。正直言って何より好きだ。ロマンだと思ってる。
でもそれだけじゃなくて。そういうのとは別問題で。
「……みんな決められてるみたいでシャク……?」
あ、今のは間違いなく流れたな。判別つきにくいけど、カーザが何だかすまなそうな困った顔をしている。
気にしてないよ、と言う代わりに、私はカーザの小さな額をつついた。
「つまりそういうことよ。あたしは小説家になりたいからさ」
「……でもミノワは今回も落選してしまった、と」
絶妙のタイミングでまぜっ返しを入れてくれたのは、またもや窓から顔を見せたファレスだった。一々余計な言葉の多い奴である。
つーか、あんた、三階から落ちてちょろっとのかすり傷二つってのはやっぱり人間として間違ってないか。
「おや、ご復活おめでとう、ファレス。傷テープのご入り用は?」
「歓迎ありがとう、シイ。んじゃ腕んとこの奴だけ貼ってくれっか? 盗賊は腕が命」
「はい了解。それは指先だろう」
「いやいやこれで結構力仕事ッス。と、サンクス」
「どういたしましてー。なんか間違った力の使い方してませんか」
「オレとハサミは使いよう」
「馬鹿にされてますぜ旦那」
「嘘っ」
シイと手当なんだか漫才なんだかよく分からないやり取りをしながら窓の桟に腰掛けたファレスは、よく見ると律義に私の雑誌を持っていて、私と目があうとわざとらしいショックを受けたような表情を神妙なものに変えて、すっとそれを机に置いた。
「毎度お勤めご苦労さんッス、姐さん」
私はお水のお姉さんか、ムショ帰りの犯罪者か。
思わず内心突っ込みも荒んでしまうほど、毎度という一言が胸に痛い。
「ああもう傷心の乙女にその話題はよしてぇ」
よろよろーっと雑誌に覆いかぶさるように机に突っ伏すと、ファレスは笑いながらぱたぱたと私の後頭部を叩いてきた。
「まあそう言うな、ミノワ。普通二桁行く奴なんかいねぇんだし、こっちのが絶対すげえって。ここまで来たらこのままギネス目指すくらいの勢い出せよ。心配しなくても生きてる間ずーっとこのペースで投稿し続けたら間違いなく載る」
人間攻撃あるのみ、とかほざいてるこのお馬鹿さんは、きっとこれでも自分では慰めてるつもりなんだろう。カラッと明るいいつもの笑顔が憎らしい。
ねぇファレス、あんたに悪気がないのは分かってるけど、私が賞を取れないこと前提なのは何でだ。
「あら、案外もう載ってるんじゃなくて?」
「いやー、20回程度じゃ微妙じゃねぇ?」
しかも回数水増しされてるし。
ぐっさり心臓を刺されたポーズで新たな傷心を表す私の前……ではなく斜め前から、訂正はカーザがいれてくれた。でもごめん。発言まであんたがファレスの近くまで移動したの気づかなかったよ。
「……15回」
「うあっ、カーザいつからそこにっ?! ……あっ、いっいやいや数え間違いっつーことで。人間誰しも間違いはある、細かいことは気にすんなっ。ほれ、ミノワ、激励代わりにいいもんやるから手ぇ出せ」
ずいっ、とポケットの中から私へと差し出される、何かが入ってるような握りこぶし。
こんなものでごまかされないぞという視線をファレスに向けながらも、特に深く考えないで私は手を出した。ポトンと軽くて乾いた感触が手のひらに移る。
「何よ、これ」
「さっき見つけて眠りの魔法で眠らせた蜂の巣」
「……は?」
言葉は一拍遅れた。
よく見るまでもなく、千切り取ったように歪な形をした薄茶の物体の中には、まだ寝ぼけているらしい蜂と蜂の子。