才能がない!
いと短き乙女の頃は、恋多き季節と人は言う。
けれども私が恋するものは、夢という名の高嶺の花で。高く険しい崖の名前は才能というやつで。
届きたいと焦る私を見下ろして夢は嗤う。もしも私を掴みたいなら才能を持って出直していらっしゃい。
ああ、朗らかな嘲笑が聞こえてきそうですお母さん。
青い春と書いて青春。乙女の季節がこんなことでいいのでしょうか。神様に直談判して、天国からどうか早い安いがモットーの魔女鴉印の郵便速達で教えてください。
て、しまった。うちの母さん、まだ全然元気だわ。うあ、こんなとこでも挫折ぅー。
げに儚きかな乙女心。しくしく片恋は辛いわ。
「―――何なの、暗い、暗いわっ」
唐突に私のモノローグを打ち破った声は舞台演劇調だった。
怠惰に視線だけを向ければ縦巻きロール……ではなく、亜麻色ふわふわカール。見た目だけなら可憐な美少女の、クラスメイトで悪友のエナがいた。
「ほーっといてー」
私はだるそーに返事をする。
現在頭真っ白中。今の私はもはや燃え尽きた灰……。
暗い暗いとエナが五月蝿く嘆く横で私がぐったりと無気力ヒロインをしていたら、私の横から、違うな、正確にいうとエナの後ろから、堅そうな手が伸びてきて私がちょっと前まで食い入るように見つめていた雑誌を取られた。
ああ見られるんだろうなぁ開きっ放しだった投稿小説大賞発表の欄。分かっちゃいるけど取り返す気力もない。
「あぁらら、ミノワさんてば今回もかすりもしなかったのねぇ」
一瞥するなり、手の持ち主はてろんと言った。妙にスムーズなおねぇ言葉を操る青年の声。畜生それは禁句だぞ。
「嗚呼、アルジャーノン(仮名)、貴方からも何か言ってあげて。そしてこの暗さをどうにかしてちょうだい……っ」
早速そいつに応援を求める舞台演劇調。なんで仮名なんだ。
視界の隅に青年の手がそっと支えるようにエナの華奢な肩に伸びたのが見えた。鍛えた体躯に相応しい大型犬風の精悍な顔は似非臭い励ましに満ちいてる。小首をかしげてエナを見つめる深緑の目とわざとらしく立てられた小指がやっぱり舞台演劇調だった。
つーか耽美風味劇? なんかもー偽物の薔薇の嵐が見えそう。
「元気を出して。大丈夫よ、エナ。アルジャーノン(仮名)がすごく気になるけど、ミノワはこんなこと慣れっこですもの。打たれ強さと趣味の悪さにかけてはダルトゥール国1よ!」
「でもわたくし、心配なのよ。あの子って諦めが悪過ぎるでしょう? 友人が道に迷って俯いている。そんな時、間違った道を正してあげるのも友人の勤めだと思うの」
「嗚呼、エナ、貴方ってなんて言葉だけは優しいの……! そうよね、才能と違った方向に進むのは悲劇よね。私も救ってあげられるものならば救ってあげたいわ」
両者ともに微妙どころかあからさまにひどい言葉がサラッと流されてる気がするのは私だけですか。
ぴくぴくっとこめかみが引きつる。ぶち切れまでのカウントダウン開始。二人の即興芝居はそんな私を無視ぶっちぎりでオーバーアクション気味にクライマックスへと集結していく。
「言葉だけじゃなくて全てがわたくしは優しいのだけれど、分かってくれるのね、アルジャーノン(仮名)。嬉しいわっ」
「エナ……っ」
「やっめーいっ!! エナもシイも乙女が傷心してるとこにうるさいっ! どうしてっ。どうしてなのっ。あたしはこんなに愛してるのに才能ってどうしてあたしを愛してくれないの?! これで15回目なのにぃ!!」
あ、やば。ちっと舞台演劇調が移っちまったい。
乙女臭く泣き崩れるポーズをとっている私の横で、二人は顔を見合わせて、深く深くそれは深ーくため息をついた。
「だって、ねぇ……」
「ミノワの小説ってマニアックだから……」
「何よそれっ。一般大衆向けアドベンチャーのどこがマニアック?! あたしはただ血沸き肉踊るアドベンチャーが好きなだけなのに!」
「……ボク、ミノワのはスプラッターだと思う」
いつの間にか私の真ん前に存在していた小柄少年が、ぽつりと私の熱き主張に水を差した。黒髪という目立つ要素を持ってるくせにこの有り様の薄さは何だ。ちっこいせいなのか? 相変わらず心臓に悪い存在感だがいつものことだし構ってられない。待て待て待てぃ、その言葉は聞き捨てならないぞっ。
「ひどい、カーザまでっ。グリズリーが、ゾンビが何したって言うの?! ちょっと村人全員を虐殺してゾンビとして復活させてハンターを返り討ちにして勇者をも惨殺しただけじゃない。大量の血液、飛び散る肉片、生きるか死ぬかの綱渡り、これぞ正しい冒険じゃないのっ!」
「お黙り、血まみれ娘。貴方の小説には肝心の生がないのよ生が」
「『グリズリーは生きている』……!」
今回応募した小説の題名をあげたら、ごん、と後頭部に雑誌がきた。小説雑誌だけあって総ページ数535。痛いぞこれはぁ。
「どうしてその流血が大好きな性格で神霊魔法の素質があるんだろうねぇ。神霊魔法と言えば神の力を借りて発動する魔法。死や流血から最も遠い魔法なのに。流血って言ったらやっぱ死霊魔法が一般的だろう?」
のほほん、といつもの穏やかさんに戻ってシイが言う。からかい口調のおねぇ言葉がないのが何か腹立たしい。そんなこと私だって不思議だい。辛うじて相応しそうなとこと言えば清純乙女真っ盛りってとこだけだし。
ぬば玉のような黒い目を私にじっとあわせて、結論付けるようにカーザが呟いた。
「……ミノワ、死霊魔法使えたら良かったのに」
全くだわ。
「そうよねぇ。あたしも常々そう思うんだけど、神様ってのは何考えてるんだろう。あたしはそもそも教会に行くのも嫌いな奴だってのにさー」
「神様のうっかりミスとかかも? 或いはあれだ、逆選別漏れ」
そんな神様信じてていいのか一般ダルトゥール国民。
「……普通あり得ないと思う」
「でもこうして現実に目の当たりにしてるしなぁ。旅に出たら気難しいと有名なザードドラゴンと友達になれましたっていうのより確率的に低いだろうから、ラッキーと言えばラッキーかもよ?」
「……ミノワは別意見」
「あははー、そりゃそうだ。こうなったらもうミノワが世直しの旅に出るしかないねぇ。ゾンビ従えて印籠持ってさぁ」
そしてそれを笑い話にしていいのか、お前ら。
「出ないってば。ああ何かもう、あたしにはこの会話の何に一番突っ込めばいいのかわかんないー」
「だめだぞぉ、自分のことなのに」
「それをあんたに言われたくないわ、シイ」
「……結局は何を言っても仕方ないことだと思う」
カーザの言葉は多分誰が聞いても正論だったけど、それでは納まらない人がここにいた。ビシッと高らかに私達に指を突き付けてるエナだ。
「お待ちなさい貴方達。どうしてこの問題の重要さに気づかないの? 貴方達も魔法学園生ならば分かっているでしょう、大切なのは結果ではないわ、イメージすることよ。考えてもご覧なさい、神聖かつ清廉華麗な神霊魔法はわたくしのように清く正しく美しい乙女が使ってこそ絵になるものじゃなくて?! なのになんで血まみれ娘のミノワが神霊魔法の才を受けているのに、このわたくしが呪いを主とする呪霊魔法なのよっ!!」