小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

はるかな旅の空

INDEX|5ページ/12ページ|

次のページ前のページ
 

 いや、若い二人に、命を繋いだのかもしれない。務めを果たした。彼らの命は、若い二人の中に生きている。
 人は、そうやって、何十年、何百年、生きてきた。人の営みは、次の世代に譲ることで、終わりを迎えるのかもしれない。
 必ず、迎えに来てくれる。そう信じる事が出来るから、静かに待つ事が出来る。あの世が存在することなど、誰も信じていない。
 死ねば、土に戻っていくだけ。形は何も残らない。いっとき、魂がその辺をうろついているかもしれないが、そのうち、それは、消えて無くなってしまう。
 なのに。迎えに来てくれる。矛盾があっても、そう信じることで、自分が生きていたことを、実感した。
 若い二人に命を繋いで、源一の両親は、幸せに、命を閉じた。
 源一は、痩せていた。小柄ではなかったが、ちょっとみすぼらしい感じの少年だった。
 村の小さいお寺で、生臭坊主の空寛和尚が、毎日、村の子供たちに、読み書きを教えていた。坊主も食べていかなければならない。こんな小さな村では、葬式だけで、食べていけない。わずかなお金であるが、払える子供だけに教えていた。
 源一は、境内の庭の片隅にすわり、坊主が他の子供達に教えるのを毎日、聞いていた。庭の地面に字をなぞらった。雨の日は、本堂の縁の下で、寝転がって聞いていた。
 源一の熱心さと頭の良さに気づいた和尚は、そのうち、夕方、源一だけに教える時間をつくった。読み書きだけでなく、お経を教え、商売の事まで熱心に教えた。山奥の坊主が、何故商売など多くの知識を持っているのか。
 空寛は、大阪の大きな問屋で長男として生まれたという。それが何故か家を飛び出し、日本中を旅したという。そして、京都の小さい寺で修行したという。何故坊主に。それは、わからない。
 そのうち、その寺からもいなくなり、ある日、この南の山奥の小さな村に来て、住職のいなかった小さい寺に居座ったという。
 子供達に教える以外は、生臭である。村の人達からは慕われていたが、尊敬までされる存在ではなかった。
 源一は、いじめられっ子でもあったが、どこからともなく、いつも庄吉が来て、助けてくれた。3才下の源一は、兄のように庄吉を慕った。
 源一にとって、庄吉は不思議な存在でもあった。いつもぼーっとした感じであるが、何か大きなものを庄吉に感じた。自分とは違う何かを感じ、まぶしいものを見るように庄吉を見ていた。
 源一は、畑に出るより、学ぶ事が好きであった。時々、庄吉に習った事を、畦道で寝転がって、話してみるが、庄吉は、関心があるのかないのか、ただ、空を見ていた。

 あれは、何年前だったか、両親と一緒に畑でまだ終わらない芋の収穫作業をしていた。
 隣は、大方、終わっていたが、まだ少し残っていた。しかし、誰も畑に出てこない。何か異変を感じた母親が、源一に隣の様子を見に行くよう言ったのが、昼前のことであった。
 三百メートル位の細い道を登り、隣の家に来た。そこで源一は、家の台所の土間で、泣いているおていと、縁側に坐り、空を見ている太市を見た。
 庄吉はいない。いなくなった。自分の兄と慕った庄吉は、どこに行ったのか。どこに旅立ったのか。
 源一にとって、世界は、両親と、彼らが耕す狭い畑だけであった。和尚が話してくれる世界もあったが、それは、漠然として、実感がわかなかった。源一は、当然、これからもずっと、ここで、畑を耕し、暮らしていく。
 しかし、そんな世界が、もっと広い事を、坊主は教えてくれた。
 何か、広大な世界が広がって見えるような気がした。それがどんな世界かわからない。行ってみたいとも感じたが、漠然としすぎていて、両親のいるこの実感出来る世界から離れる事は出来ない。
 源一は、3日前、坊主から聞いたその世界を、畦道に坐り、草を口に加えた庄吉に話した。空を見ていた庄吉は、関心があるのかないのか、ただ空を見ていた。
 庄吉が家にいないのに気づいた源一は、庄吉が“別の世界”に旅立ったとすぐに思った。
 ”そうか、行ったんな。もう、行ったんな。心配すんな。上んとうちゃんとかあちゃんは、おいが、世話すっで、心配すんな。あんちゃんは、ふとか人間やっで、いっきゃい。そいがよかが。”
 表に出た源一は、青い空を見上げた。大きな体をした、いや、そのように見えた雲が、東に流れていくのが見えた。

 ビッーピー。又、脇を後からくすぐっていた。
 「こら!Pテン!」
 「ショウ!又、ボーッとしてましたよ。早く、データを書いて、私に渡して下さい。私、忙しいです。」
 ショウは、苦笑いしながら、最後の計器からデータを読み、データをインプットして、チップをPテンの背中に、差し入れた。
 Pテンに全てを教わったといってもいいかもしれない。この地蔵様のようなロボットから。
 この世界を。アースサーティーの歴史。科学の基礎から、この一つ一つの計器の読み方まで。
 言葉を覚えるのがもっとも辛かった。新しい言葉や表現を覚えるたびに、“自分の言葉”を失っていくような気がした。“自分の世界”が遠ざかっていく気がした。幻想の世界にいる自分が、現実を受け入れることを拒否していたのかもしれない。
 Pテンは、無理強いせず、根気良く繰り返し、教えてくれた。
 Pテンは、人気者である。第二世代の全ての子供の教育係でもあった。教育だけでなく、遊びを通じて、子供達と共に過ごしてきた。Pテンは、第二世代にとって、親以上の存在であったかもしれない。
 しかしながら、所詮、機械である。古くなる。故障はしないが、最近、少しバッテリーの交換が早まってきた。
 新しいロボットが完成した。ビージュが開発した新しいロボットQテン。Pテンの数倍の能力があるといわれるが、ショウにとって、いまいちなじめなかった。Pテンより一回り大きく、又外観は、より人間らしくなった。Qテンは、第三世代を受け持つ事になる。
 ショウは、Pテンの頭をポンと軽くたたきながら、廊下に出た。丁度、7号室から、メーサが出てきたところであった。
 「アラ、ショウも今終わったの、一緒にコーヒー飲みに行かない?」
 「あー。」
 誘われるまま、ショウは、メーサの後を歩いた。なにかいい匂いがしたが、誰かに気づかれないよう、ちょっと横を見て歩いた。
 南棟青廊下。この廊下は、両サイドに暗い海が見えた。通称、ウミロウといわれていた。約20メートル。その向こうに広間があり、休憩中の人が、数人、飲み物を飲み、語らっていた。
 メーサとショウは、空いた席に座り、テーブルの上のボタンを押した。すぐにメニューがテーブルの画面に出てくる。メニューを見ながらメーサは言った。
 「コーヒーでいいわよね。何か食べる?」
 「いや、さっき食べたから。」
 「そう。じゃー私は、お腹すいたから、ちょっとケーキでも食べようかな。」
 ケーキとコーヒーは、テーブルの真ん中からすぐに出てきた。メーサは、ショウがコーヒーを飲むのをみながら、クスッとした。
 「まだコーヒーは苦い?あれから何年かしら。」
 「…。」
 「もうすっかり仕事を覚えたわね。ちょっと仕事が遅いけど。」
 「あー、Pテンのおかげさ。」
 「Pテンも、そろそろね。認められるかしら。あなたの嘆願書。」
作品名:はるかな旅の空 作家名:おさ いの