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はるかな旅の空

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 小さい島マリアの横の、また小さい島、というより岩礁の横を過ぎて、櫓をパリーに渡した。ここから先は、比較的波が穏やかである。それでも風が強い所なので、注意はしなければならない。
 ここに来て随分と日に焼けた。山で焼けるのと全く異なる。海で焼けるのは、肌の奥まで、ヒリヒリとする。それでもパリーの黒さには、かなわない。
 時空を飛んで、今度は、年をとった。もう父太市より年取った年令に思える。肌にしみが増えた。肌が焼けたこともあるが、それよりも年のせいに違いない。白髪が増えた。眉にも白い毛が増えた。
 時空を飛んで、アースサーティーに行った時、一瞬だった。しかし、ここセントルシアに来るまでは、長い旅をした気がする。こんなに年を取ってしまった。

 アースサーティーを脱出してから、ずっと夢を見ていたように思う。
 暗い海から出ると、急に沢山のキノコ雲を見た。赤黒いキノコ雲は、もくもくと上がっていく。時々ピカピカと光り、沢山の叫び声が聞こえる。
 急に目の前を爆撃機が通り過ぎた。何か信号を送っている。パイロットが、こちらを見て、にたりと笑った気がした。
 と思ったら、白い山が見えた。氷河を抱いた山だった。そうだ、あの図書館で見た山だ。ここにあったのか。3人がその山を登っていた。空を見上げて自分を見た。
 やー、と挨拶をしようとしたら、少年が畦道に寝転び、考え事をしていた。なになに、考えてる事は、何かな、と頭の中を覗いてみた。
 花が咲いていた。一面のお花畑。笑い声が聞こえた。若い女性の声。どこかで聞いたことがある。
 ”メーサ。そうだ、メーサの声だ。”

 気がついた時、自分はもう老人になっていた。父よりずっと年取っている自分がわかった。
 浜に船を着けた。パリーの母サンシャが笑顔で走ってきた。
 「パリー、偉いわね。今日は沢山ね。チョウ、疲れたでしょう。もう年なんだから、無理しないでね。」
 いつも優しく接してくれる。この五年間、自分を父親のように接してくれた。気持ちが沈んでいる時、サンシャの声がすると、救われる気がした。
 この島は、暑いが、空気が乾燥していて気持ちが良かった。ここは、パラダイスなのか。

 三十年位前まで世界で戦争があったという。アメリカという国が、ここに航空基地を構えたという。
 飛行機。鋼鉄の物体が空を飛ぶなど信じられなかった。しかし、アースサーティーの図書館には、図鑑があり、飛行機が写っていた。
 図鑑でしか見たことの無い飛行機が、轟音を響かせながら、いま、浜にいる自分の頭上を飛んでいく。
 アメリカ軍はもういない。戦いの相手は、日本もその一つであったという。自分が生きた日本は、最強の国を相手に戦ったという。
 何の為に?芋を食べながら戦ったのか。芋を食べた記憶しかない。日本など国の名前も知らなかった。国は、薩摩の名前だけだった。

 この国の人達は、昔、アフリカから来たという。奴隷として。
 何の為に。生きる価値があったのだろうか。生きることに価値を見出すのか。生きることに、未来を夢見たのだろうか。
 このどこまでも青い空と、明るい緑色の海を見ながら、いつか、人種の差別のない、理想の国を作りたい。そう思ったに違いない。
 その思いが実ったのか、小さいながらも一つの独立した国として、始まったという。新しい島の歴史が。
 一体、世界には、いくつ歴史があるのか。いくつ歴史を作れば、理想といわれる世の中に行き着くのか。

 あれから、おていの様子がおかしい事に、おかつは気づいていた。息子が二人共、逝ってしまった。源一までもが精彩を無くしてしまった。白髪が増え、すっかり年寄りみたいになってしまった。
 清との戦争で好景気だったが、店は商売がうまくいかず、番頭の佐吉に暖簾わけをし、奉公人の半分を引き取ってもらった。
 源一は、真面目に仕事をしているが、仕事に対する意欲をもう持っていなかった。ただ、生きている。息をしている。そんな感じで、時々、帳面を見たまま、動かないことが多かった。むしろ、おかつが動いていた。奉公人に指示をし、なんとか店を動かしていた。
 おかつは、おていの様子から、太市と同じ様子である事に気づいた。
 朝、食べ終わると、いつのまにかいなくなる。探しに行くと、いつも浜に座り、海を見ていた。そして何かつぶやいていた。この時代では、おていは長く生きた。
 「お迎えが来ますように。お迎えが。じいちゃん、はよ、来っくいやい。庄吉もそこにおっどが。はよ会わせっくいやい。はよ、来っくいやい。」
 太市を呼んでいた。一緒に生きた太市を呼んでいた。
 「かあちゃん、もう来てくるっが。とうちゃんが来てくるっが。もうちっと、まっとかんや。な、帰っど。家に帰って、待つが。」
 そう言って、おていの手を引いて帰る毎日であった。
 あの山奥から連れてきてしまった。静かな山郷だった。畑と向き合う毎日は、辛かったが、源一との生活は、幸せだった。
 二人の息子に恵まれた。命を繋いでくれる。息子は嫁をもらい、孫に囲まれて、孫のしぐさに微笑んで、向かいの山に沈んでいく陽を拝み、人生を終えるはずだった。
 今思うと、あの時は、おかつの人生のほんの一瞬だった気もする。しかし、今は、あの時が輝いて見える。
 東京は、食べる物を与えてくれた。こんなに食べるものが世の中にあるとは、思ってもみなかった。
 ここにこそ生きがいがあったのか、そう思って、懸命に都会に馴染んだ。東京の言葉を話し、商売を覚えた。二人の老人の世話をし、子供を育てた。ここに幸せがあったのか。と思っていた。
 しかし、逝ってしまった。戦争に行って、戦いもせず、息子達は、逝ってしまった。
 戦争で日本は何を得たのか。なのに、又、戦争が始まった。今度は、ロシアだという。十年しか経っていないのに、又、戦争を始めている。
 何を得る為に。誰の為に。天皇陛下万歳と言って、若者は、本当に死んでいくのか。
 おていの手を引きながら、細くなったおていの手を引きながら、おかつは思う。そんなはずはない。
 ”とうちゃん、かあちゃん、ごめんな、先にいっでな”
 そう言って死んでいくに違いない。命を繋げない事を詫びながら死んでいくに違いない。そうでなければ、残された親は、この寂しさに耐えられない。
 おていが立ち止まった。
 「空がきれいかなー。はんが、こまんか子を抱いてきた日も、こげんな空やったなー。雲がもくもくっち。よか日じゃったなー。」
 「じゃっどなー、じゃったいなー。」
 おかつも空を見上げた。

 おていは、時々、自分が自分でないような、何か、人に動かされているような、そんな気分の時を感じていた。さっき仏壇の前で拝んでいたのに、いつのまにか、おていに手を引かれている。
 自分の息子でなく、自分の息子がもらった嫁ではなく、なのに大事に世話してくれた。息子を、庄吉を探しに東京まで来たのに、会えなかった。
 さっき海を見ていた気がする。その向こうから、太市と庄吉が呼んでいた気がする。
 「なんや、太いっどんも、庄吉も、そけおったんなー。海におったんなー。」
 今日も話が出来た。良かった。空を見上げた。
作品名:はるかな旅の空 作家名:おさ いの