看護師の不思議な体験談 其の参
ナースステーションへ戻ると、ナースコールがピコーン、ピコーンと高い音で鳴っている。赤い点滅を見ると、大部屋の患者様。ナースコールに出ると、
「ちょっと誰か、力かして!!」
と、先輩の声。
こういう時は、大概、患者様の急変か、暴れている時だ。念のため、もう一人のスタッフに救急カートの持参を依頼、私は血圧計と聴診器だけを持って駆けつけた。
「失礼します!」
大部屋へ駆け込むと、患者様が床に大の字になっている。
転倒か急変したのだと思い、心臓がドキッとし、冷や汗が出る。
「大丈夫、こけたんじゃないから。」
ふと見ると、隣になんだか髪を振り乱した先輩スタッフの姿。はあはあと肩で息をしている。
「おうちに帰るんじゃー、ああ、ああ。」
患者様は七十後半、男性、肝硬変の治療中の方だった。
「あー、またですか。」
治療は順調に進められているのだが、時々、特に夜勤帯になると、肝性脳症が出現し暴れ出すことがある。生活リズムが昼夜逆転になってしまうことが多くあり、できるだけ昼間は刺激を与えて起きておくことができるように、夜は眠ることができるように看護にあたっている。
話を聞くと、家に帰りたいとスタッフの髪を鷲掴みにしながら暴れ出し、結局床に寝転んで、駄々っ子のようにジタバタし始めたということだった。
「さすがに一人じゃ対処できんかった。」
先輩スタッフが髪を手櫛で整える。
もう一人のスタッフが救急カートをガラガラと押してきたが、状況を見て、またナースステーションへ戻っていった。
「はい、じゃ頑張りますか。」
「ごめんね、チーム違うのに。」
「いえいえ、いきますよ。1、2の3」
二人で患者様をベッドへ戻す。
布団の中で小さく丸まって、涙している患者様。
かわいそう、と思ってしまうが、この出来事自体、本人は明日には忘れてしまっているのだ。なんだか、覚えているのと、忘れてしまうのとどちらがいいのだろうと考えてしまう。
「重症部屋はいっぱいだし、今日はナースステーションで過ごしていただこう。」
ベッドごと患者様をナースステーションへ移動する。
作品名:看護師の不思議な体験談 其の参 作家名:柊 恵二