メトロポリタン美術館
今いるのは部屋の中央、ミイラの棺がある所だと分かった。きらびやかなミイラの棺は、夜に見ると一層気味が悪くなる。
そう思った次の瞬間、突然ミイラの棺が開きだした!
「ウオオオオォォl!!」
大きな声と共に、棺の中にいた包帯だらけのミイラが飛びかかってきた!
「キャアアアアアアアアア!」
私は後ろに倒れこんで、バッグを落としてしまった。すぐに立ち上がったが、それ以上は怖くて動くこともできなかった。
すると、後ろで私の肩を叩く何者かがいた。おそるおそる振り向くと、そこには天使の像がとびきりの笑顔で私の顔を覗いてきた。
「キャアアアアア!」
私は逃げようと体をのけ反らせたが、天使の像は私の傍にきてやさしい声で話しかけてきた。
「大丈夫、僕は味方だよ。早くここから逃げよう!」
「でも、バッグが!」
「気にしている暇は無い!いいから早く!」
私は、ぎこちなく動く天使の像の後ろについていった。
暫く走り、私達は展示場の壁にかかってある一つの絵画の前にきた。
「よし、この絵がいい!」
天使の像はそういうと私の方向に向き直った。
「この絵の中に逃げこむんだ。」
「え?どうやって?」
「君はこの絵を見て念じるだけでいい、眠りに入るときのようにリラックスして、
絵が目に焼き付いたら目を閉じて……」
私は言われた通りにした。眠さも手伝ってすぐにリラックスできた。
目を閉じて数秒もしないうちに私は意識を失った――
――気がつくと私は宙に浮いていた。
「あれっ?」
私は空にいたのだ。下には大きな森が見える。
「成功したみたいだね」
さっきの天使がしゃべり始めた。もう石像では無く、完全な天使の姿。私とほぼ同年代の男の子だった。
「もしかして、ここは絵の中?」
「そうだよ。ここならミイラはやってこない」
私は久しぶりに光の満ちた所に出られたので、とても穏やかで嬉しい気持ちになった。そして天使に尋ねた。
「どうして私たちは宙に浮いているの?」
「宙に浮いているわけじゃないよ。下を見てごらん」
よく見ると、森と私の間に黒いものが見える。私は黒いバーコードみたいなものの上に乗っかっていたのだ。
「その上に乗っていれば落ちないみたいだね」
男の子の言う通り、バーコードの隙間にも感触はあり、落ちる心配は無かった。
「さあ!探検しよう!」
私は嬉しくなって立ち上がった。私が歩き出すと共に、そのバーコードも同時に道を作り出していく。
「すごい!」
私は次第にスピードをあげて、ついには走ってみた。バーコードもそれに対抗するようにサァっと道を作った。
そのバーコードは、念じれば先の方まで道を作る事もできるという事に気がついた。森を抜けた安全な丘で、私はひとつ実験をしてみた。
曲がりくねった道を作り出して、落ちないかどうか試してみる。なぜか、落ちないだろうという予感がしていた。
ビンゴ!バーコードを縦に設置して走ると、体が真横になっても落ちない。
それなら、と思いバーコードをねじって逆さにしても落ちない。まるで私の足がバーコードと繋がっているみたいだった。
更に、バーコードは足から離すことができる事にも気がついた。急な坂を作って、ジャンプすればバーコードは着地点でトランポリンにもなるのだ。
「ひゃっほー!」
私は飛びきり大きな声を挙げてはしゃぎ回った。風を切るスピードはぐんぐんあがり、自分がこんなに速く走れる事に驚いた。息が切れるまで、物騒な森をまたいで駆け抜けた。
ひとしきり遊んだところで私が息を切らしていると、男の子が話しかけてきた。
「君が落ちないと思えば、落ちる事はないよ」
「はぁ……はぁ……どうしてそうなるの?」
「絵の中にいる神様が、君の心を読んで叶えてくれているんだ」
「はぁ……はぁ……すごい……」
息も整った所で私は一旦、丘の上に降りる事にした。降りればバーコードの地面は消えるみたいだ。
「おなか、すかないかい?」
男の子が話しかけてきた。私はお昼から何も食べていない事に気づいて、
「すいた!もうペコペコなの!」
「だったら、神様にお願いしてみるといいよ」
私は栄養のバランスも無視して、ケーキやアイスクリームを山ほど食べたいと願った。すると、目の前に大皿いっぱいのケーキとアイスクリームがどっさり現れた。
「うわあ!食べきれないよ!」
と言った傍から、私はもうケーキを口に運んでいた。
「満足するまで食べるといい」
「でも太っちゃうなぁ」
「その心配はないよ。ここでは満腹になる事はないし、虫歯になる事もない。
好きなものを好きなだけ食べられるんだ」
「え?うそっ!?」
私はお腹に意識を集中しながら食べてみた。
男の子の言うとおり、どれだけ食べてもお腹いっぱいにならない。ずっと食べていられる状態が続いていたのだ!
私は完全に食べ物の虜になっていた。
男の子に「はしたない」と思われるかな、とも思ったけど、色気より食い気!しまいにはローストチキンを何皿もお願いして食べていた。
男の子は嫌な顔一つせず、笑って見守ってくれていた。
ひとしきり食べたところで、私は「お姫様になる夢も叶えてくれるかな」と思った。
すると、私の前方から馬車が「生えて」きた!
男の子は私の前で丁重にお辞儀をして、
「どうぞ、お姫様。家来もお城で待っていますよ。」
「お城?」
私が尋ねた瞬間、遠くの森の山側に大きな城があるのが見えた。もしくは今現れたのかしら?
私はバーコードを馬車の下に張り巡らせて、空を飛びながらお城に向かった。
途中、右手には大きな海と浜辺が見えていた。少しもの悲しい気分になった。
すると突然、浜辺付近の上空に大きなクラゲが現れた。
「ク、クラゲが浮いてる!」
「君はユニークなお願いをするんだね」
と男の子が笑った。これも私が願った事なのかと、ちょっと照れくさかった。
お城までの道程はまだ大分あったので、私は無理なお願いをしてみることにした。
「空の色を黄色にしてちょうだい!」
すると空は辺り一面、まっ黄色に染まった。
「うわあ!」
「じゃあ次は紫!」
空は明るい紫色に変わった。
「ハハッ!変な色!」
ようやくお城に着くと、沢山の兵士と、大臣のような姿をした人がいた。
「お帰りなさいませ。お姫様」
「入浴の準備が出来ております」
まさに至れり尽くせり!私は大きなお風呂に入りながら、誇らしい気持ちになった。ずっとこんな暮しをしていたい、と思った。
私はもう現実世界の事を思い出さなくなっていた。
それどころか、空の色が移り変わる中で、時間の概念すら失っていたのだ。
寝るという選択肢も思い浮かばなかった。眠くもならなかったのだ。
それからというもの、私は自由の限りを尽くして遊んだ。大きな街を作って、民衆が頭を下げる姿に、私は謙虚で慈悲深い、本当のお姫様のように振舞って挨拶をした。
鳴り止まぬパレードの中で、台座の上から手を降りながら行進した。
男の子はいつも私の傍にいて、私が望む事を一緒に楽しんでいるようだった。
作品名:メトロポリタン美術館 作家名:ユリイカ