小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

WishⅡ  ~ 高校1年生 ~

INDEX|42ページ/46ページ|

次のページ前のページ
 

「今日は、“もしかしたら石田くんが来るかもしれない”って……」
 ユカリと呼ばれた少女の言葉に二人が首を傾げる。
「ミカ、桜林高なの」
「あぁ!!」
 慎太郎が思い出したように手を叩いた。
 以前、“ミカ”って友達から木綿花に電話があったっけ……。
「そーいや、俺、石田が来るかもって、木綿花に言ったわ」
「ほな、木綿花ちゃんからミカちゃんに?」
 “凄いなー、女子のネットワーク!”と航は感心しきりだ。
「二人は、午後までどうするんですか?」
 もう一人に聞かれて、
「ちょこっと行くとこがあるさかい、そこ行ってから自治会館」
 航が木立中央を指差す。その言葉に少女達が顔を見合わせる。
「甘いものって、好きですか?」
「好き好き! ケーキとかシュークリームとか、大好き♪」
 即答の航。
「シンタロも好きやんな?」
「ま、な」
 再び顔を見合わせた少女二人がニコッと笑い合った。
「じゃ、私達、一旦家に帰ります」
「クリスマス会、絶対に行きますから!」
 そう言うと、慎太郎・航に手を振ってキャーキャーと歓声を上げながら、少女達は帰って行った。
「クックックッ……」
 少女達を見送って、航が笑い出す。
「何、お前?」
「ケーキ、楽しみやなって」
「は!?」
「彼女ら、絶対、ケーキ焼いて来(く)んで」
 航の含み笑いに慎太郎がさっきのやりとりを思い出す。
 ――― 『好き好き! ケーキとか……』 ―――
「お前……」
「たっのしみぃ♪」
「汚ねー……」
 毒づく慎太郎に、
「策略家!」
 航が胸を張る。
「はいはい……」
 一向に悪びれた様子のない航に慎太郎が“呆れ”を通り越す。
 向こうから聞こえ始めたブルースハープ。二人は小田嶋氏のライブへと急ぐのだった。

  
「♪ 繋いだ手 二度と……」
 昼前の公園のベンチで慎太郎が囁くような声で歌っている。
「歌ならなんとかなるんだけどな……」
「ええよ。どうせ、三週間先なんやから」
 出掛けに木綿花から受け取った演奏コードとCDのコピー。時間が来るまで暇なので、ちょこっと演奏してみている。
「……にしても……」
 二人の向かい側に腰掛けているのは小田嶋氏。今日は年末で相方の高橋氏は引越業が忙しく、ひとりである。
「……にしても、二回目で弾けちゃうんだ、航くん」
 演奏コードを一回サッと流し、二回目には見ないで弾いている航に小田嶋氏が感心する。
「大抵の曲はそうですよ、こいつ」
 当たり前のようにサラッと言う慎太郎。それを受けて、
「シンタロかて、三回聴いたら大概の曲は歌えるやん」
 航が笑いながら鼻歌のように歌っている慎太郎に目線を流した。
「出来ひんかったのって……“ホワイト・クリスマス”?」
「あれは、英語だからそれが覚えられなかっただけだよ!」
「“ホワイト・クリスマス”?」
 小田嶋氏が首を傾げる。
「ピングー……? あれ?」
 名前が思い出せない航に、“ペンギンじゃねーよ!”と慎太郎の突っ込みが入った。
「ビング・クロスビー!」
 “全くもう!”と航の頭を小突く。
「渋いね、慎太郎くん」
「今日のクリスマス会で歌うんです」
 恥かしくてなかなか言い出せなかった団地のクリスマス会への参加。さっき、やっと小田嶋氏に報告した。
「もー、英語なんて見るだけでも頭が拒否るのに、聴いて覚えて歌わなきゃなんないんだから、必死でしたよ」
「でも、覚えたんだ?」
「えぇ。なんとか」
 頭を掻く慎太郎に、小田嶋氏が微笑む。
「一時からだっけ?」
「えぇ。ライブは一時半からですけど」
「僕も行っていいかな?」
「“行く”って言うても……」
 団地の自治会主宰のクリスマス会である。外部の人間はそう簡単には入れない。と、
「ジャーン!」
 小田嶋氏が一枚の紙を取り出した。いかにも手作りコピーなそれに随分と達筆な字で“クリスマス会参加券”の文字が書かれている。
「それ、ジャンボ団地の?」
 航が驚きながら指差す。
「そっ! 先週、午後のライブの後に初老の紳士に渡されてね。“是非、いらして下さい”って言うから、なんでかな? って思ってたんだけど……。君達が歌うからなんだね」
 “初老の紳士”のフレーズに二人が顔を見合わせて、
「若林さんっ!!」
 同時に気が付く。
「ロマンスグレーの」
「銀縁メガネの」
 二人の言葉に“そうそう”と頷く小田嶋氏。
「午後のライブまで時間があるからね。時間潰しにいいかなって思ってたんだけど、君達が演奏するなら話は別だな」
 嬉しそうにニコニコと言う小田嶋氏に、
「でも、子供向けやし……」
「高齢者向けだし……」
 モゴモゴと口籠る。
「君達の事がよっぽどお気に入りなんだな、あの人は……」
 まるで同志を見付けたかのように小田嶋氏が笑う。
「どんな曲を演るのかも知りたいし、聴きたいし……。とりあえずは……君達、昼食は?」
 問い掛けに二人揃ってトートバッグをヒョイと持ち上げる。
「今日は弁当持ちです」
「ちょっと早めに自治会館に行って、そこで食べる事になってるんです」
 昼食を心配した若林氏が二人の弁当持参を知り、自治会館の準備室を提供してくれる事になっているのだ。
「じゃ、一時半だね」
 それじゃ……と小田嶋氏がベンチから腰を浮かせた。
「どこ行くんですか?」
 航が昼食にはまだ早いのにと時計を見る。
「雑用と昼飯食いに」
 大人には大人の“雑用”があるのだろう……と、去って行く小田嶋氏に手を振って二人はコピーの楽譜に視線を戻すのだった。

  
 午後一時。続々と集まってくる人達に驚きながら、広い自治会館の中を歩く慎太郎と航。二階建てのこの会館、主宰側の責任者の“使用後の清掃”を条件に館内の飲食が認められている。という事で、一階はちょっとした立食パーティーの様になっており、二階は子供会やら婦人会やらの工手芸品の展示会場とされていた。
「あ! これ、祖母ちゃんが講師してるとこのや!」
 となかなかに見応えがあったりする。
 ブラブラしている内に時間になり、若林氏に呼ばれて、
「どうせなら、何か新しい試みを! と思いまして……」
 などと紹介されて、椅子まで用意されて、小さな子供達を目の前に航が歌いだす。
「歌えるかな?」
 航の問い掛けに、
「うたえるよ!」「よおちえんでならった!」「せんせがピアノひいてたの!」
 お菓子を持った子供達が一緒に歌う。まるで保育園だ。“ジングルベル”と“赤鼻のトナカイ”だけの予定が、勝手に他のクリスマスソングを歌い始めた子供達に引き摺られて更に三曲。その様子を見かねた子供会のメンバーが手遊び歌で子供達を別のコーナーへ誘い出してくれて、やっと、本来のライブに戻る事が出来た。
「えっと……。お子さん達があっちの方に行っちゃったので、今度はちょっと大人用の曲を……」
 ふーっと息をついた慎太郎の目に、パイプ椅子の最後尾に腰掛けた航の祖母と木綿花の姿が映った。右隣を見ると、どうやら航も気付いたようで、照れくさそうにギターを弾き始めたところだ。