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WishⅡ  ~ 高校1年生 ~

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 左右に持っていた弁当入りトートを左手に持ち替え、慎太郎がそれを受け取る。先週、歌番組で聴いた曲に気になるのがあって、それの楽譜コピーを木綿花に頼んであったのだ。その時にCDを木綿花が買うと聞いて、そっちのコピーも依頼済。
「楽譜もCDも二人分ね」
「悪ぃ……」
 弦やら何やら……色々と楽器に小遣いを費やしている慎太郎と航。つい、木綿花に甘えてしまっているが、
「いいわよ。誕生日プレゼントで弾んでくれれば♪」
 木綿花もちゃっかりしているから、その辺の貸し借りはゼロだと思われる。
「それは、来週?」
 渡したコピーのファイルを指差して木綿花が問い掛ける。
「んにゃ! 来週は年末だからやんない。新年の一週目かな?」
 それまでに練習する時間があれば、だけど……と笑う慎太郎。
「そっかぁ……」
 残念そうに木綿花が笑い返し、
「じゃ、後で行くね、クリスマス会」
 と手を振りドアを閉める。
「おう!」
 伊倉家のドアが閉まるのを確認した慎太郎が、腕時計の時間を見て、
「やばっ!!」
 階段を駆け降りて行った。

  
 クリスマスを前にして寒気が関東地方をおおったお陰で、この年のクリスマスは例年にも増して気温が低くなっていた。
「最悪、手ぇ動かへんかもな……」
 手袋をはめた手をパフパフと叩きながら航が笑う。
「とりあえず、大量に“ホカロン”は持って来たけど」
 公園の中、【吟遊の木立】に向かって歩く。天気はいいのだ。風もそんなに吹いてはいない。それでも、空気自体が冷え切っていて、たまに吹いてくる風に凍えてしまう。
「♪I’m dreaming of ……」
「シンタロ……」
 歩きながら無意識に歌っている慎太郎に、航が笑った。
「ここんとこ、やたらと口ずさんでへん?」
「歌詞が不安で、ずっと歌ってたじゃん? そしたら、なんか癖になった感じ」
 英語の歌は歌えても、英語の成績は上がらない。
 笑いながら歩く公園の遊歩道。“よっ!”と荷物を肩に上げ直す慎太郎の手には、青いチェックのトートバッグ。ヒョコヒョコと軽く右足を引いて付いて行く航の手には黄色チェックのトートバッグ。
「だいぶ軽そうじゃん、右足」
 ここ数日、航の足取りが随分と軽い気がして、慎太郎が言った。
「うん。なんか、急に動くようになった感じ……」
 しばらく、試験勉強やらクリスマス会やらで忙しかったのが良かったのだろうか?
「お前、忙しいの好きだもんな」
「人を“貧乏性”みたいに言いなや!」
 それでもなんとなく、その忙しいのが刺激になったような気がして二人で笑い合う。
 そして、二人で白い息を吐きながら“吟遊の木立”に足を踏み入れ、いつものコースを辿って、いつもの場所へ……。
「おっ! 来た来た!!」
 若林氏がベンチの手前で二人を手招きしている。どうしたんだろうと顔を見合わせる慎太郎と航に、
「遅いから、心配しとったんだよ」
 “なぁ!”と若林氏がベンチの向こう……いつもの隅の場所……に向かって頷いた。確かに、今日は電車一本遅れた。お陰で到着は十五分遅い。それでも、若林氏と例の女子三人が待っていてくれたのは嬉しかった。
 そう、若林氏が振向いて会釈したのは、女子三人に対してと思った二人。ベンチ手前のところまで来て、
「え!?」
「なんで?」
 その人数に驚いた。真冬の早朝である。到底、散歩には向かない気温だ。ジョギングにしたって、もう少し時間を遅らせた方が遥かに走りやすいと思われる。それなのに、いつもと変わらぬ顔ぶれがそこにあった。
「……えーと……」
 若林氏に導かれて定位置に付いた二人。慎太郎が頭を掻く横で航がパタパタと手袋を外してギターを取り出す。
「寒い中、ありがとうございます」
 慎太郎の言葉に合わせて、ペコリと揃って頭を下げる。
「皆さん、寒いのに、こんな早くからジョギングとか、散歩……ですか?」
 自分のギターを出しながら慎太郎がなんとなく問い掛けると、周りからクスクスと笑いが漏れてきた。寒さで音が狂っているギターの弦を調整しながらピックをくわえていた航が、そのまま慎太郎を見て首を傾げる。
「みんな、土曜日はここへ来ないと始まらんのだよ」
 若林氏の言葉に、今度は二人揃ってピックをくわえたまま辺りを見回す。その様子があまりに無防備で、クスクス度が増していく。
「ジョギングも散歩も、君らの演奏を聴いてからだ」
 周りの人達が頷き、二人が口のピックを落としそうになりながら頭を深々と下げた。
 その落としそうなピックを手に取り、
「えーと……。じゃ、始めます」
 始まりはいつも“秋桜の丘”。冷えて澄んだ朝の空気に、二人の優しい音色が響いていく。てぶくろで温まっていた手があっと言う間に悴んでいくが、この寒さの中で待っていてくれた人達の事が嬉しくて……。
 お互いの呼吸を感じながら奏でる“秋桜の丘”。それが終わる頃には、悴んでいた筈の指先が温かくなっていた。
「本当に、寒いのにありがとうございます」
 寒さに頬を赤くした二人が深々と頭を下げた。パチパチと起こる拍手の中、頷き合った二人が次の曲を演奏し始める。
 復帰してから二ヶ月。“秋桜の丘”以外は、曲目も随分変わった。最初はメインで歌う事を拒んでいた航も、最近は一・二曲は諦めて歌うようになっていた。世の中、色んな曲がある。全て慎太郎任せでは、あれもこれもは歌えないのだ。
 そして、数曲が終わった。
「えーっと……」
 慎太郎が、本日の終わりを告げる。
「ちょっと早いんですけど、今日はクリスマス前なので……」
 この後のクリスマス会の練習も兼ねて、CMでよく流れるクリスマスの定番曲を歌い始める。
  
  ♪ ほら 雨が雪に変わる……
  
 失恋した女の子。ずっと片想いだった少年が慰める……そんな歌。
  
  ♪ 街中に流れる クリスマスソング
  
 原曲の主は高い音域のアーティスト。そう、歌っているのは慎太郎ではない。
  
  ♪ だから そっと 耳元で囁く
  
 心地良いミディアムテンポで、航の声が切なく響く。
  
  ♪ ありったけの想いを込めて I Love You ……
  
 ワンコーラス目はハモリはない。よって、慎太郎はギターに専念。……そして、ツーコーラス目……。
  
  ♪ コートのフード外して
          (顔をあげて)
  
 航の声を追うように慎太郎の声が少しずれてメロディーを追い駆ける。
  
  ♪ 街中にきらめく イルミネーション
               (君をてらすよ)
  
 静かに重なる慎太郎の声が、楽器の音色のようだ。
  
  ♪ そして そっと 耳元で囁く
         (そっと) (囁く)
  
 ギターと慎太郎の声に包まれて、航の声が優しさと切なさを増していく。
  
  ♪ ありったけのボクの気持ち I Love You ……
                   (I Love You……)