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WishⅡ  ~ 高校1年生 ~

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 小さな橋を渡り、木々の小道を奥へと進む。流石に演奏している音すら聴こえない。誰もいないのだ。見回す限り、ジョギングやらウォーキングやらペットの散歩やら……。そういう人達しか見当たらないのだ。
「ちょっと早すぎたかな?」
「やな」
 流石に椅子をセッティングしてまでやろうという気になれず、近くのテーブルとセットになっているベンチに腰掛ける。
「もう少し待つか?」
「うん」
 航が杖を置き、ケースからギターを取り出しながら頷いた。
「音だけ合わせとこ」
 言うが早いか、“秋桜の丘”を弾き始める。
「人がいないと、エライ響くな」
 向かい側で同じ様に弾きながら慎太郎が笑った。
「ホンマやな」
 木立に響く音が、まるで何処かのホールで演奏しているかの様な錯覚を与える。やがて、集中し始めた二人が互いの音にだけ耳を傾け始め、弦の奏でるハーモニーが更に響きを増した。主旋律は航。ピンと張り詰めたような緊張感のある音が揺れながらも上を向いて咲いているコスモスのようだ。そして、それを優しく揺らす風のような優しい音の慎太郎のギターが、コスモスごと全てを包み込んでいく。ギターの音が木立を抜ける風と一緒に、二人の空間を囲んでいる。
“パチパチパチ”
 “秋桜の丘”の演奏終了と同時に拍手がして、驚いた二人が顔を上げた。
「いやぁ。上手いもんだねぇ……」
 ジョギング姿の初老の男性が手を叩いている姿が目に映り、二人がペコリと頭を下げる。
「あれこれ出来るのかい?」
 不意に訊かれ、無言で首を振る。
「流行の曲しかダメかね?」
 再び、無言の首振り。
「リクエスト……みたいなものは無理かい?」
 更に、言葉もなく首を横に振る。
「……喋れないのかね?」
 又もや不意をつかれ、やっぱり無言で……。と、航が声を出した。
「そんなに色々は出来ないです」
「じゃ、こういうのは出来るかね?」
 男性が“んんー♪”とハミング。首を傾げる航の向かい側で、
「映画のテーマソング!!」
 慎太郎が男性に合わせてハミングする。
「それ、それ!」
 頷きながら二人の顔を交互に見る男性。
「出来るかね?」
 良い返事を心待ちにしている男性を前にして、二人してテーブルに身を乗り出し顔を寄せて小声になる。
「CDとか、ある?」
「てか、楽譜の方がよくね?」
 そして、男性に振向き、航が笑顔で答えた。
「今度でよければ、出来るように練習してきますけど……」
「出来るかね!? ……“今度”って言うのは……」
「来週の土曜日……かな?」
 慎太郎の答えに航が頷く。
「来週の土曜日、今の時間にここに来ればいいかい?」
「「はい」」
 その返事に、男性が嬉しそうに頷いた。
「さっきの曲もいい曲だった。もう一回聴かせてもらえるかな?」
「じゃ……」
 そう言って、慎太郎が席を立ち、椅子を男性に譲る。
「いいのかい?」
「えぇ」
「俺等が座って、お客さんを立たせとく訳にはいかへんから」
 予定の隅っことは少し場所がズレてしまうが、ベンチの前の小道の脇に慎太郎が持って来た椅子を立て、航がそこに座った。向かって左に航、右に慎太郎、観客ひとりのライブが始まった。
 最初は“秋桜の丘”。五分少しあるこの曲が終わる頃、観客は両手の指の数ほどになっていた。少し向こうの道で犬の散歩をしていた少女が、犬を抱いて観客の一番後ろに立つのが見え、その見覚えのある顔に航が気付く。曲は“十七才”。少女の顔がほんのり笑顔になり、曲を聴きながら携帯でメールを打ち始めた。不審な行動に二人顔を見合わせて首を傾げるが、曲の最中だ。止める訳にはいかない。が、“十七才”を歌い終えた時には、その作業は終わっていて、何事もなかったかのように微笑んでいた。
「……なんだったんだ?」
「さぁ……?」
 打ち合わせるフリをしながら小声で首を傾げる二人。
「……えっと……」
 慎太郎が更に少し増えた観客に顔を向ける。
「色々と事情がありまして、今日は三曲だけ弾きにきました。だから、次の曲で最後です」
 慎太郎の言葉に、最初にいた男性が“パチパチ”と手を叩き、後ろの方から犬を抱いた少女がそれに続いた。手前と後ろから拍手が伝染していく。
「ありがとうございます」
 二人揃ってペコリとお辞儀をする。
「最後の曲。“恋せよ乙女”」
 言葉が終わると同時に航がギターを叩き、曲が始まった。一番若い、犬を抱いた少女が手拍子を打ち、それに周りが釣られて手拍子を取り始める。
  
  ♪ 学校前の長い坂道
  
  ♪♪ 季節短し 恋せよ乙女
  
 手拍子と弦の音色に後押しされ、二人の声が風に乗って木立を抜けていく。丁度、公園へと遊びに来た人が増え始める時間帯。風に乗ったその声に振向く人も少なくない。木立に響き風に流される歌声に一人……二人と声のする方へと足を向ける。が、決して長くはないこの曲。そんな人達が声に惹かれて二人を見つけた時には、
  
  ♪ 恋せよ乙女!
  
 曲は終わったところだったりする。
「「ありがとうございましたっ!!」」
 深々と頭を下げると、慎太郎が杖を航に渡し椅子を引いた。その様子を見て“色々な事情”を察した観客達がアンコール等は期待できないと気付き去っていく。
「まったく、上手いもんだ」
 最初から聴いてくれていた男性がニコニコと頷いた。
「来週、楽しみにしとるよ」
 “いつもより遅くなったわい”と最後に二人と握手して去って行く男性。それを見送り、顔を見合わせる。そこに聴き覚えのあるブルースハープの音が風に乗って到着する。
「小田嶋さんだ!」
「……ギターの音……。高橋所長やで」
 いそいそとギターをしまって、そちらへと向か……おうとしたその時。
「来週もやるんですか?」
 トイ・プードルを抱いた少女が少し離れた所から声を掛けてきた。見覚えのあるその顔に、二人して微笑む。
「来週もこの位の時間に、ここで……」
「良かったら、また、来てください」
 その返事に少女が満面の笑顔になった。
「はい。必ず来ます」
 抱いていた犬を下ろし、少女は散歩の続きへと戻っていく。
「あの子って、あの時のひとりだよな?」
「うん」
 今年の三月、高校合格が決まり自分への合格祝いのギターを買った帰り道、公園で声を掛けてきた三人の内のひとりに間違いなかった。
「“ファン一号”?」
「かっこええやん!」
 笑いながら小田嶋氏達の定位置へと向かう。
「来週は、三人で来んのかな?」
「なんで?」
「って。メールしてたやん! あれ、その連絡ちゃうんかな?」
「あー!」
 “はいはい”と慎太郎が頷く。
「だったら、来週は絶対に四人は聴いてくれるって事だな」
「そーやな」
 辿り着いた“定位置”。二人はその演奏に耳を傾けるのだった。
 ――― ソロの時とは違う曲でデュオでの演奏が続いている。ギターが二本、ブルースハープも二個。時々目を合わせながら演奏するその姿は本当に楽しそうだ。
「ひとりの時と違って、どうして二人だとこんなに時間が短いんでしょう?」
 アンコールに応えながら小田嶋氏が言う。
「でも、ずっとここで演奏しているわけにもいきません。……歌える?」
 隣にいる高橋氏は肩で息。それを笑いながら問い掛ける。