WishⅡ ~ 高校1年生 ~
「シンタロがちゃんと準備してくれて、最初はびっくりしたけど、ちゃんと出来た。頭も痛うない。いっぺんに一時間とかはムリやけど、十分とか十五分やったら……出来る!」
「……一体、どこで……」
「木綿花ちゃんの学校の文化祭。観客もストリートよりいっぱいいたけど、俺、ちゃんと歌って、ちゃんと帰ってきた!」
「……航ちゃん……」
祖母が震える手で航の腕を掴んだ。
「大丈夫。今度はちゃんと“二人”やから……」
心配そうな祖母に二人揃って微笑みを返す。そんな航と慎太郎に、祖父が問い掛けた。
「その“ライブ”とやらは何の為にやるんだ? やって、それが何になるんだ?」
航と慎太郎が顔を見合わせる。
「何になるのかは分かりません。でも……」
この半年間、少しずつ考えていた事を慎太郎が話し出す。
「でも、俺達って、これから“何をする”とか“どこへ行く”とか、まだ何も決まってなくて。何かを始める事で、自分の周りや中身が少しずつ“何をする”のか“何をやりたい”のかって事を見付けられる方向に変われるって思うんです」
祖父が黙ったまま頷く。
「俺は、父ちゃんがやった事、やってた事をやりたい! ほんまやったら、父ちゃんから教えて貰える筈の事をこの目で確かめたい!」
祖父がカップに残っていた紅茶を一気に飲み干した。
「……今日、病院の医師(せんせい)に呼ばれてな……」
溜息混じりで話し始める。
「その内、やるだろうと……言われた。容認できるようであれば、やらせてやって欲しいと……」
「祖父ちゃん」
「勿論、反対した」
今度は航達が言葉を失う。
「歌手を目指している訳でもないのに、そんな事をしても意味がない。ましてや、大事な孫が身を危険にさらしてまでやる事ではない!」
そう言い切って、空になったカップを祖母に渡す。
「……しかしだ、こんな意味もない事でも、真剣にやれば、何かが見付けられるかもしれんな……」
「祖父ちゃん!!」
「お祖父さん!!」
「だが、これだけは約束してくれ」
祖父が二人の顔を交互に見ながら続けた。
「必ず、二人で帰ってくる事。どちらが欠けても許さん。……玄関を開ける時は、必ず、“二人”だ」
“約束してくれるな?”と祖父が微笑み、
「うんっ!」「はいっ!」
二人が笑った。
「……航ちゃん……」
航の手を握る祖母が、心配そうに航を見上げる。
「大丈夫や。祖母ちゃんより先に、逝ったりせえへんさかい」
祖母に対しての笑顔をそのまま慎太郎へと向けると、慎太郎が頷いた。
「祖母さん。お茶のおかわりを淹れてくれ。折角の土産だ。食べ直すぞ」
一気に飲み干した祖父。飲んでて吹いてしまった航。一口も味わわない内にすっかり冷めてしまった慎太郎の紅茶。祖母がいそいそと淹れ直し、おやつの時間が仕切り直されるのだった。
次の週の土曜日。二人揃って、小田嶋氏に会いに公園へとやってきた二人は、目立たないように観客には紛れずに、少し後ろの木陰から演奏を聴いていた。
「あ!」
遠くの小田嶋氏を見ていた航が声を上げる。
「今、こっち見た?」
「気付いたっぽいぞ」
涼しい風が吹き始めた木陰で、額を寄せ合ってクスクスと笑う二人。
「凄ぇ視力だよな」
「マサイ族並やん?」
“10.0!?”と笑いが止まらない。
やがて、午前のライブを終えた小田嶋氏が散っていく観客の向こうから、すぐ脇のベンチを指差して二人に合図を送った。
――― 「OKしてもらえたみたいだね」
先にベンチに座っていた二人に近付きながら、小田嶋氏が笑う。
「表情が随分と明るくなったよ、航くん」
小田嶋氏の言葉に、“俺!?”と航が自分を指差した。
「で、いつから始めるんだい?」
「今月の最終土曜から、って思ってるんですけど……」
“な!”と隣を見る慎太郎に航が頷く。
「今月の最終土曜!? そりゃまた、随分とゆっくりだね」
「来週は学校の文化祭があるし、その次の週は中間テストがあるさかい……」
「ここで成績落としちゃうと、流石にマズイかなって」
「確かにね……」
“高校生だねぇ”と笑いながら小田嶋氏が頷いた。
「とりあえず、テスト頑張って、そこそこの成績だけはキープして。当日は三曲くらいやって帰ろうかって話してるんですけど」
「約束の“十五分”だね」
「はい。後は、大丈夫そうなら、来る度に一曲ずつ増やしていこうって事になりました」
今度は誰にも心配かける事なく挑みたいのだ。
「場所は? 例の隅っこ?」
小田嶋氏が公園の端を指差して訊いた。
「はい」
「三曲だけやから、そこでも申し訳ない気ぃがするんですけど……」
二人顔を見合わせて笑う。そんな慎太郎と航を見て、
「あそこで収まればいいけどね……」
小田嶋氏が意味あり気に笑った。
「それ……」
「どういう事ですか?」
首を傾げる二人に、更に笑う。
「ま、復帰初日はいいだろうけど……。そうそう思った通りにはいかないものだよ」
その言葉に、不安になりながら益々首を傾げる慎太郎と航であった。
ライブが出来るという喜びは何にも代えられなくて、楽しいはずの自校の文化祭がさして楽しくなかったり、しんどい筈のテスト勉強が思ったより楽だったりで、
「英語、65点!!」
「シンタロ、新記録やん!!」
と好調の内に三週間が過ぎた。……“好調?”……。慎太郎にしては、とっても好調なのである。
「やっとやな……」
心配気に祖母に見送られバスに乗り込み、乗り継いだ電車の中で、肩にギター、右手に杖の航が久し振りの景色に“ふーっ”と息をついた。何回か小田嶋氏に会いに来ていたものの、自分達がやるとなるとまた別なのだ。
電車の中から見える街路樹はすっかり黄色い銀杏の樹に占領されていて、まるで二年前のようだ。
「シンタロ……」
「ん?」
「二年、経った」
「そうだな」
中学校前の銀杏並木も、今頃、まっ黄色だろう。
「また、聴きに来てくれるやろか?」
春のライブでの観客は三十人程。あれから半年以上が過ぎている。たった一度きりのライブを覚えていてくれる人がいるだろうか? 不安と期待が胸の中で交差する。
「最初は誰でもいいんじゃね?」
前回の時の人達に、また聴いてもらいたい気持ちもなくはない。でも……。
「“誰が聴くか”じゃなくて、“俺達がやる”って事が大事なんじゃねーの?」
「そやな」
エヘヘと航が笑った。
「また出来るんやもん。それが“一番”やな」
「そーゆー事!」
目的の駅に到着し、二人は電車を下りた。
朝早くの公園は人もまばらだ。前回は航の希望もあって午後からの演奏だったが、今回はブランクもあるし、以前のように大勢の人が来るのもちょっと避けたいので、早朝から。自分達が終わって少ししたら、きっと小田嶋氏のライブが始まるから、それを見て帰ろうという事になっている。
「木の匂いする……」
人の少ない朝の公園に秋の風が吹き、航が深呼吸して言った。
「ホントだ……。凄ぇな、木立の匂いだ」
作品名:WishⅡ ~ 高校1年生 ~ 作家名:竹本 緒