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WishⅡ  ~ 高校1年生 ~

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「治る事を前提とするのではなく、もし、治らなかったら……という事を考えると椅子はあった方が良くないかな?」
 言われてみれば確かにそうだ。だが、椅子を二人分持ち歩くというのは……。
「二人とも座る必要はないさ。かと言って、片方だけが座っているのもおかしいから」
「カウンターチェアーか?」
 小田嶋氏の言葉に、高橋氏がポンと手を叩いた。
「“カウンターチェアー”?」
 慎太郎が首を傾げる。
「背高の椅子で、店のカウンター席なんかに置いてあるようなやつだよ」
 “あぁ”と慎太郎が頷く。
「それなら、航くんは座って、君は立ったままでも違和感ないしね」
「そう言や、折りたたみ可能のもあったな……」
「“折りたたみ”……ですか?」
「運ぶ事を考えれば、その方が楽だし荷物にならないだろう?」
「買っておいて損は無いと思うよ。使わなくなったら、家で使えばいいんだし」
 “慎太郎と航”の事だというのに、まるで自分達の事のようにあれこれと考えてくれている二人に、
「……えっと……」
 言いにくそうに慎太郎が頭を掻く。
「あんまり高いのは……」
 その様子に、大人二人が笑った。
「大丈夫だよ。高くはないから」
「そうだな……。五千円あれば手に入るよ」
 五千円なら、バイト代で充分だ。慎太郎が胸を撫で下ろす。
「一緒に探そうか?」
「車で行った方が、色々と楽だし……」
  ――――――――――――
「……って事で、午後のライブが終わってから小田嶋さんの車で買いに行ったってわけ」
 慎太郎の話が終わり、“ご苦労様でした”とペコリと航が頭を下げた。
「そやけど、今日しか使わへんと思うで……」
 幾らなんでも、来年の桜林祭までには治っているだろうし……と航が申し訳無さそうに言う。
「それがさ……」
 慎太郎が続けようとした時、
「着いたよ」
 運転席の木綿花父の声がして、車が止まった。
「ありがとうございました!」
 頭を下げ、杖を掴むと航が自分側のドアを開ける。同時に、
「伯父さん。ギターと椅子、お願いします」
 慎太郎も自分側のドアを開けた。車を出ながら航のギターを肩に掛け、反対側のドアへと回り込む。
「一人で大丈夫やって!」
 慎太郎の過保護ぶりに航が苦笑い。航の出たドアを閉めると、木綿花父の車は慎太郎を乗せる事無く去っていった。
「もう! 大丈夫って言うてるのに!」
 “伯父さん、行ってしもたで”と、車の走り去った方を見て航は呆れ顔だ。そのまま玄関まで歩き、ギターを受け取ろうと航が慎太郎の肩に手を伸ばした。
「……それがさ……」
 その手を拒む慎太郎に航が首を傾げる。
「……まだ、終わってねーんだよな……“計画”……」
「え?」
「てか、こっからが本番なんだな。俺的には……」
 “ただいまぁ!”と玄関を開ける航の後ろで、慎太郎が大きく溜息をついた。
  

「はい。祖父ちゃん、祖母ちゃん。お土産!」
 玄関に出迎えに出て来た祖父母に、航が文化祭で買ってきたマドレーヌを手渡す。
「あら、ありがとう」
 半透明に黄色の花柄のついた可愛いラッピングに微笑みながら、
「紅茶、淹れましょうね。慎太郎くんも食べていくでしょう?」
 祖母がいそいそと居間へと急いだ。
「どうしたん?」
 居間へと姿を消した祖母の後をゆっくりと追いながら、航が慎太郎の顔を覗き込む。
「めっちゃ暗いけど……」
「考えてんだよ。何て言おうか……って」
「何を?」
 航の問い掛けに反応する事無く黙り込む慎太郎。やれやれと眉をしかめて、航が肩を竦めた。
 ――― 堀越家の居間。コタツ兼用のテーブルを囲むように座布団が敷いてある。が、一箇所だけ、“正座用クッション”が置いてあった。右足が思うように動かない航が、ムリに足を曲げずに座れるようにと新しく購入した物だ。杖を右側に置いて、航がそのクッションにチョコンと座り、隣に慎太郎が座った。二人の前には祖父。祖父と航の間に紅茶を用意した祖母が白い皿にマドレーヌを並べて腰を下ろした。
「料理部の作ったやつやさかい、美味しいで♪」
 既に文化祭にて試食済みの航が早速と手を伸ばす。
「なんだか機嫌いいわね」
「そう?」
 笑顔で話している航とは対照的に、慎太郎は黙ったままだ。
「シンタロ、食べへんの?」
 マドレーヌを口いっぱいに頬張った航が首を傾げ、その言葉に祖父母が慎太郎を見た。
「お腹でも痛いの?」
 心配そうな祖母と、
「いつもの食いっぷりはどうした?」
 冗談混じりに笑う祖父。
 慎太郎がゴクリと唾を飲み込む。
「……あの……」
 俯いていた慎太郎が顔を上げて、祖父を見た。
「お願いがあるんですけど……」
 深刻な慎太郎をチラリと見ながら、航が紅茶を口に含む。
「……俺達に……ストリート……やらせて下さい!!」
 テーブルに頭をつけて、慎太郎が震える声を絞り出した。あれから半年も経ってない。お互いのわだかまりもやっと解けたばかりだ。許してもらえる筈はない。それでも、一歩を踏み出さない限り、現状は変わらないのだ。
「ブッ!!」
 慎太郎が頭を下げると同時に航が吹き出し、そのままむせ返った。“ゲホゲホ”と咳込む航に、祖母が水を渡す。
「シ、シンタロ……?」
 咳の残る声で、航が振り返るが慎太郎は頭を下げたままだ。
「……祖父ちゃん……」
 前を見ると、さっきまでとはうって変わった難しい顔の祖父。祖母は航に水を渡した時のまま、立ち竦んで慎太郎を見詰めている。
「この半年、色々考えたんです。確かに、こうなってしまったのは、春にやったライブの所為です。でも、治すのも、ライブの力が必要なんです!」
「……シンタロ……」
 戸惑う航。祖父はまだ黙ったままである。
「ちゃんと病院にも相談して、許可を取りました。“諸刃の剣”とも言われました」
 息を呑む祖母の前で、
「“諸刃の剣”……」
 慎太郎の言葉を祖父が思わず復唱する。
「でも、このままの状態も良いとは言えないって……。あの時、俺、自分自身にいっぱいいっぱいで、航の事、あんまり見ててやれなくて……。でも、同じ過ちは二度としません! 今度は絶対に航を一人にしませんから!」
 座布団を離れ、床に正座すると“お願いします”と、更に頭を下げる。
「シンタロ!」
 その様子に航も席を立ち、クッションからテーブル伝いに慎太郎に寄った。
「航にも俺にも、ライブが必要なんです!」
「……シン……。……俺……」
 祖父が視線を航へと移す。
「……俺……」
 しゃがむ事の出来ない航が、正面に座っている祖父に、
「祖父ちゃん!」
 深く頭を下げた。
「俺等に、ストリートライブ、やらして下さい!」
「航ちゃん!?」
 祖母があたふたと祖父と航の間を行ったり来たり動き出す。
「今度は倒れへん! 絶対!!」
「航……」
 顔を上げた慎太郎と目が合い、航が頷いた。
「二人でやりたいねん、俺!」
「……“絶対”などという保障はなかろう?」
 祖父の低い声が二人の下げている頭に当たる。
「そう言って出て行って倒れたのはお前じゃないのか?」
 感情を押し殺したような低音に怯む事無く、
「今日かて、倒れへんかったもん!!」
 航が言い返した。祖父母が驚きの余り言葉を失う。