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WishⅡ  ~ 高校1年生 ~

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 きっと、決めた曲は同じ。航が静かに弦を弾くと、それに合わせて慎太郎の音が響く。曲は“秋桜の丘”。先程、先生の藤森女史がエレクトーンで披露した曲だ。とはいえ、先生に対抗している訳ではない。公園でのライブと同じ曲。二人が出会った時の曲。……だから、最初は何が何でも、この曲からスタートなのだ。
 先生のエレクトーンとは違う、弦の奏でる音色がグランドに響く。静かに、優しく……切なく……。ふたつの音が交差する。
 いつもこの曲を弾いていた航。航の姉の好きな曲。姉に対する航の想いと、それを守ろうとしている慎太郎の想いが、音と旋律にのっているかのように深く染みわたってゆく。
 やがて、曲が終わり拍手をしようと構えた観客が、流れるように繋がった二曲目にその手を膝に戻した。
  
  ♪ 隣にいた筈の ただの同級生
  
 聴いた事のある、でも、少し違う雰囲気の曲に観客が耳を傾ける。原曲の凛とした女声とは違う響きのある慎太郎の声。その新鮮な印象に、会場がシンと静まり返る。
  
  ♪ たった一言 なのに 
  
 そしてサビに入り、航の声が寄り添うように静かに響くと会場から小さなざわめきが起こった。
  
  ♪ 届かない想い さし伸ばした 手の向こう
  
 二人の声は、相乗効果で各々で聴くよりも何倍も響き合うのだ。
  
  ♪ 言えない一言 胸の奥に
  
 曲のラスト。互いの音に耳を傾けていた二人が、顔を見合わせ、
  
  ♪ ……ずっと……
  
 確認するかの如く、軽く首でリズムをとりながら、そのトーンを落とし、続いて、ギターの音が後を追って消えた。
 沸き起こる拍手に、揃って頭を下げる。
 曲は、最後の三曲目。見合わせていた航の顔が、ニッと意味ありげに笑った。その表情に、慎太郎がピンとくる。
“トントン”
 何の前触れも無く、航がギターの表面でカウントをとる。それを見ていた慎太郎が“やっぱりな”と言いた気に口端を上げた。
 さっきまでとは違ったアップテンポの曲が流れ、会場が手拍子を始める。
  
  ♪ 学校前の長い坂道
  
 慎太郎の響く声に、
  
  ♪♪ 季節短し 恋せよ乙女
  
 航の通る声が重なり、手拍子に紛れて小さな歓声が上がった。一緒に口ずさむ観客もいたが、殆どはその絶妙なハーモニーに耳を傾けている。
  
  ♪ 必要な物は……
  
 そして、問題の箇所へと進む。
  
  ♪ 大事な事は……
  
 二人としては、このまま勢いで通してしまうつもりだ。
  
  ♪ 『順応力』『応用力』……
  
 クリア!!
 思わず揃って会心の笑顔。
  
  ♪ 踏み出した足は きっと君を 大人に変える
  
 問題点をクリアしてしまえば、後はそのまま一気にゴールだ!
  
  ♪ 駆け降りる坂道
  
  ♪♪ 転がる季節
  
 歌詞は違っても、ギターを弾く手の動きは同じ。
  
  ♪ 恋せよ乙女!
  
 歌の終了と同時に、
  
  ジャカジャン♪
  
 弦を弾いていた二人の右手が上がり、そのまま顔を見合わせる。
 航がエヘヘと笑い、慎太郎が笑顔を返し、揃って深々と頭を下げると観客席から嵐のような拍手が起こった。戸惑う二人に、
『あいさつくらいしなさい!』
 どこからか木綿花の声が響く。
「あ、ありがとうございました!!」
 慌てて一言告げて、また頭を下げる。鳴り止まない拍手。それでも、これ以上はやるつもりのない慎太郎が航のギターのストラップに手を掛けた。
「三曲だけって約束」
 その言葉に航が頷き、ギターを慎太郎に渡して杖を手に取る。それを見ていたかのように、
『200X年度、桜林祭、野外ライブ、これにて終了します。ありがとうございました』
 と、舞台裏から終了の放送が入るが、会場がブーイングに包まれステージを降りようと歩き出した二人が思わず振り返った。途端にブーイングが拍手に変わる。
「……えっと……」
 文化祭自体の終了時間も近いのだ。マイクは、既に片付けられてしまっている。
「飛び入り参加、楽しかったです」
 マイクの下げられたステージの上、慎太郎が声を張り上げた。
「……でも、時間もないみたいですから……。その……」
 “参ったな”と、隣の航を見るとその笑顔が目に飛び込んで、慎太郎が頷く。
「また、来年も、飛び入り参加させて頂けたらと思います!」
 そう言って、三度目のお辞儀。そして、ようやく舞台を降りる。上がった時は正面からだったが、降りたのはついたての後ろから。降りた所に笑顔の木綿花が二人を出迎えた。
「お疲れ様」
 差し出された木綿花の手を取る事無く、航がしゃがみ込み、
「航!?」
 慎太郎が驚いてそのすぐ傍に屈み込む。
「大丈夫か?」
 慎太郎の呼び掛けに、航が頷く。
「……待って……。ちゃうねん、俺……びっくりして……。平気やったのに、今になってから……」
 杖を掴む手が震えている。
「もう、めっちゃびっくりして……。今頃、心臓バクバクしてて……。でも、倒れそうとかとはちゃうさかい……」
「航くん……」
 木綿花が心配そうに覗き込む。が、
「ごっ、ごめん!」
 近付いてきたその顔を拒むように、航が慎太郎側へと向きを変える。
「航……お前……」
 航と目が合い、慎太郎が木綿花に“シッ! シッ!”と追い払うように手のひらを振った。
「何?」
「椅子とギター持って、先に行っててくれよ」
 多分迎えに来てくれているであろう木綿花父の所へ、運搬係として木綿花を任命する。
「何よ!?」
「すぐに行くからさ!」
 今度はお願いポーズ。近くにいた友人に手伝ってもらって、木綿花がその場から姿を消した。
「……お前さー……」
 それを見届けて、慎太郎が呆れ声を出す。
「ごめん……」
 搾り出すような声の航。その顔は涙でグショグショだったりする。
「びっくりしたのと、楽しかったのと、嬉しいのとがゴッチャになってしもて……。何が何や、分からへん……」
 スン! と鼻をすすり、手のひらと服とで涙を拭う。
「シンタロ……」
「あん?」
 立ち上がろうとする航に慎太郎が手を差し伸べる。
「……来年も、ここで歌える……んやんな?」
 ステージを降りる時の慎太郎の言葉を確かめるように航が問い掛ける。
「ここの先生達が許可をくれればな」
「うん……」
 大きく深呼吸をした航が、いつもの笑顔を慎太郎に向けた。
「帰りは伯父さんが送ってくれるってさ」
 噛む事なかった“応用力”の話で盛り上がりながら、二人は桜林祭を後にするのだった。

  
 校門を出たところで、木綿花父の車を見付けてそのまま乗り込んだ。
「木綿花ちゃんは?」
 “帰らへんの?”と航が首を傾げる。
「あたし、ここの生徒だもん。まだ、文化祭中だし。委員もやってるから、帰るのはまだ先かな?」
 開けられた後部座席の窓の航に向かって、木綿花が笑う。
「ギターと椅子があるから、ついでに俺等も乗せてってもらうんだよ」
 慎太郎が航の頭にポンと手を置いた。
 ウインカーを点滅させた車が静かに動き出し、木綿花が手を振る。
「本当はね……」