WishⅡ ~ 高校1年生 ~
一曲目が終わり、苦虫を噛み殺したような顔の航の横で、慎太郎が笑いを噛締めながら、二曲目……三曲目と聞き終える。ステージ上の五人が深々とお辞儀をして、足早にステージを下りたところで、
「あー、終わった!」
航が胸を撫で下ろした。
「失礼な奴だな」
“結構上手かったぞ”と呆れる慎太郎をよそに、
「一回“アカン”と思たら、受入れ不可能やねん!」
と左手をパタパタ。
ステージからはスタンドが一台下げられ、代わりに、
「……椅子……?」
が設置された。
マイクスタンド二本。その内、向かって左側のマイクの前に背高のカウンターチェアーがひとつ。
何が始まるのかとステージを凝視する航。
『最後の演奏を予定してました“ナイト・ブロッサム”が、メンバー急病の為、本日のステージをキャンセルする事になりました。つきましては……』
またもや入る放送。昼食の時に木綿花が言っていた“キャンセル”とはこの事のようだ。
『つきましては、本日のラスト、飛び入り参加の演奏に変更とさせていただきます』
「シンタロ、聞いた? 飛び入り参加やて!」
航がステージ周りの人影を探す。マイクは二本。きっと、女の子二人だ。
と、
『慎太郎! 航くん!』
スピーカーから名前を呼ばれて、航がステージに視線を移した。
『グズグズしない!!』
ステージの上、スタンドマイクの前に木綿花の姿。
「え?」
驚く航に、
「ほら!」
慎太郎が手を差し出す。
「え? え?」
航の瞳が、久し振りに真ん丸になった。
九月初めの土曜日。航に付添った病院で、慎太郎は航の主治医と連絡をとった。呼ばれて入ったメンタル科の診察室。脳神経科の医師とメンタル科の医師を前に、夏休み中考えていた事を切り出した。
「すぐに治るとおっしゃっていた足が、未だに動く気配すら見えてきません。航の回復には、精神的な影響が大きいとあの時おっしゃってましたよね? あれから随分経つのに、治る気配がないって事は、何か精神的なものが邪魔になっているんだと思うんです」
慎太郎の言葉に、医師二人が顔を見合わせる。
「ライブじゃないかと思うんです」
「「飯島くん!?」」
驚く医師。
「確かに、倒れた原因はライブでした。でも、治らない原因もライブだと思うんです」
医師が慎太郎の言葉に耳を傾ける。
「あの時の極度の緊張がああいう結果を招いてしまった事はわかってます。でも、緊張したけど、楽しかったんです、俺達。直接、お互いを見る事はなかったけど、お互いの存在は確認出来てたし、俺達なんかの歌を聴いてくれる人達がいて、拍手までしてもらって、本当に嬉しくて、楽しかったんです! あいつ、退院した時に言ってました。“今月で杖をひとつに減らして、来月で杖なしになって、ちゃんと立っていられるようになったら、秋にはライブやりたい”って……。その事でケンカもしたけど、それで気が付いたんです。あいつも俺も、ライブがやりたいんだって」
黙ったままの医師を見詰める慎太郎。
「……だから、俺達にライブをやる許可を下さい!!」
「いや……」「それは……」
医師が言葉を濁す。
「ライブがやりたくて、やりたくて……。でも、出来なくて……。そのジレンマがストレスになっているっていうのは、考えられない事なんでしょうか?」
脳神経科医師がハッとしたようにメンタル医師を見、メンタル医師が考え込むように腕を組んだ。
「又、緊張してしまうかもしれないし、不安になるかもしれない。でも、今度は絶対にあいつを一人にはしない! ……だから……」
“ガタッ”と慎太郎が椅子から立ち上がり、
「だから、俺達に歌わせて下さい!!」
深々と頭を下げた。
しばしの沈黙が診察室を包み込む。
「飯島くん」
やがて、
「顔を上げなさい」
メンタル医師が慎太郎を椅子に戻るように促した。
「回復の遅れに関しては、我々も首を傾げていたところなんだよ。」
と脳神経科医師と顔を見合わせ、頷く。
「君が今言った事についても、考えていない訳ではなかったんだが……」
「じゃぁ……」
「堀越くんのライブに対する想いがどのくらいなのか私達には分からない。しかし、その想いが緊張に打ち勝つ程のものなら、可能性がなくもない。諸刃の剣だよ、飯島くん」
メンタル医師の言葉に脳神経科医師が頷いた。
「絶対に、あいつを一人には……」
「今度倒れたら、どうなるかは分からない」
“非常に危険な状態になるだろう”と前置きして医師が続ける。
「しかし、今の状態を続けていく事は堀越くんにとっても決して“良い”とは言えない。……賭けてみよう。君達のその想いに……」
「医師(せんせい)!!」
慎太郎の顔がパッと輝いた。
「但し、行き成り一時間のライブは許可できない。まずは、少しずつ」
「ありがとうございます!!」
再び席を立ち、深々と頭を下げる慎太郎。
「今度は、絶対にあいつを一人にはしません。何があっても、ちゃんと見てくから!」
「ほら、航。行くぞ」
慎太郎に左腕を掴まれ、航が慌てて杖を手にする。
「ど、どこに?」
真ん丸な瞳の航が不安気に慎太郎を見上げた。
「あ・そ・こ」
指差す先は、木綿花が手招きしているステージの上。
「そやけど、俺……」
左腕を引かれ、右で杖を突きながらも、やっぱり躊躇する。
「立ってなくてもいいよ。椅子、用意したから」
その為のカウンターチェアー……。
「けど、シンタロ……」
「病院の許可なら取ってある」
その言葉に航の瞳が更に真ん丸になる。
「やめとくか?」
意地悪く笑う慎太郎に、
「やるっ!!」
航が笑った。
「但し、三曲だけな」
規定の時間は十分から十五分。丁度いい時間だ。
「うん!」
杖を突いた航が、木綿花と慎太郎の手を借りながらステージの階段を上がる。
「はい。ギター!」
木綿花に手渡され、航が気付く。
「……これ、俺の……」
夕べ慎太郎の家に置いてきた自分のギターだ。クスッと笑う木綿花の横で、慎太郎がウインク。
「……ワザと……?」
これの為に、ギターを置いて帰らせたのかと、航が二人の顔を交互に見る。
「ほら、二人とも急いで!」
木綿花に背中を押され、二人がステージ中央へと進み出ると、観客席から拍手が起こった。
慎太郎に促され、航が杖を椅子に立て掛け、そのまま腰掛ける。伸ばした右足が軽く舞台に触れる。丁度いい高さだ。手にしていたギターを肩に掛け、顔を上げた。
途端、
“ドクン!”
心臓が大きく脈を打つ。
(ヤバイ!!)
このままでは、春の二の舞になってしまう! 咄嗟に俯いて目を閉じた。と、
「……航……」
隣から声がして、顔をそちらへ向ける。そこには笑顔の慎太郎。
(大丈夫! 絶対!!)
そう言われた気がして黙って頷き、再び顔を上げる。
ステージから少し離れたパイプ椅子の観客席。満員の座席は丁度五十脚だ。ヤバイと思っていたドキドキが心地良いものに変わっている事に気付き、航が慎太郎を見上げた。慎太郎の笑顔に笑顔を返して、二人揃って頭を下げる。
演奏は三曲。曲目は、もう、決めてある。
「……シンタロ……」
曲目を慎太郎に告げようと見ると、慎太郎が黙って頷いた。
作品名:WishⅡ ~ 高校1年生 ~ 作家名:竹本 緒