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WishⅡ  ~ 高校1年生 ~

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 時間ぴったりに始まった午後のステージ。軽音部から始まり、バンド数組とフォーク部の演奏が終わった。同時に、ステージの前の部分が撤去され、観客席とステージの間のスペースが広がった。
「なに?」
 撤去されてしまったステージに航が驚く。
「“あれ”じゃねーの?」
 慎太郎が航にウインク。
「あぁ! “あれ”!」
 航が頷いた瞬間、バンドではなく、スピーカーから華々しい音楽が鳴り響いた。
『桜林! GO!!』
 凛とした掛け声と共に、淡いグレーと桜色のユニフォームを着たチアのメンバーが飛び出し、会場が拍手に包まれる。
「おっ! 凄ぇ!!」
「木綿花ちゃん、センターやん!!」
 前列中央の木綿花が、最前列中央に陣取っている慎太郎と航に気付き“バカ!”と口を動かした。
 流れる曲に合わせての一糸乱れぬ動きは実に心地良い。高々と上げられるポンポンの音がリズムを刻み、曲に合わせて踊っているのか、動きに合わせて演奏されているのか分からなくなってくる。そのリズムに合わせて手拍子を打っていると、回り込んできた木綿花が中央で振り返りざま客席に……客席中央の二人に、とびっきりの笑顔を向けた。
 途端に俯く航。
「素で照れてんじゃねーよ!」
 笑う慎太郎に、
「う、うん……」
 心臓バクバクの航が頷く。
「あいつにストラの時の緊張を味合わせてやろうと思ったのに、逆境を肥やしにしやがった」
 慎太郎が悔しそうに“ちっ”と舌打ち。
「流石、木綿花ちゃん」
 火照った頬をパシパシ叩きながら航が笑った。
 響きのいい声と幾つものフォーメーションが展開され、慣れていない一年生の肩が上がってくるのが分かる。
「それでも“笑顔”やねんなー」
 感心しきりの航。
「精神修行みたいだな」
 妙に納得している慎太郎。
 やがて、散っていたメンバーが集まり始める。
「なに? なに?」
 三つの固まりに分かれたメンバーを見て、航が身を乗り出した。
『GO!』
 凛と響く掛け声を合図に、一段……二段……と塔が延びていく。
「ち、ちょっと、待って……」
 驚いた航が隣の慎太郎を突付いた。一段目が足場を固め、その上に二段目の女子が乗っていく。その脇で出来ていく塔を見詰めている木綿花……。
「木綿花ちゃん……一番、上!?」
 両脇の塔は二段なのだろう。真ん中の塔の二段目と同時に、両脇の一段目が指定の場所につくのが見えた。
「確かに小柄で軽いけど……。一年生で一番上かよ……」
 部活トップとも言えるその位置に立つ木綿花。先生達の期待が垣間見えるようだ。
「危ないって……」
 思わず杖を抱き締める航。見ている身内は気が気ではない。
 だが、そんな心配をよそにスルスルと上る木綿花。足元を確認し立ち上がると、桜色のポンポンを高々と上げる。それと同時に全員が開いている方の手に持ったポンポンをヒラヒラとかざした。
「……桜……や……」
 航が塔を見上げて手を叩く。
「凄ぇわ……」
 流石に認めざるを得ない。見事な桜の樹を見上げ、慎太郎も拍手。
 長い拍手が止み、塔が静かに、且つ綺麗に崩されていく。差し出された手に手を重ね、一番上の木綿花が降り……、
「あ!」
 ……た所でバランスを崩し、客席最前列ど真ん中の慎太郎と航の間に倒れ込んだ。咄嗟に手を伸ばす二人。
「サンキュ!」
 小さな囁きが、二人の間を通り抜けた。ふと見ると、笑顔の木綿花の足が震えている。気付いた航が、自分の肩を掴んでいる木綿花の手を握った。
「お疲れさま」
 航の言葉に照れたような笑顔を返す木綿花。
「お疲れ」
 同時に慎太郎も同じ言葉を掛け、もう片方の手を取る。笑顔がそのまま慎太郎に向かい、すぐさま、木綿花が本来の場所に戻った。並んで頭を下げるメンバーに惜しみない拍手が送られる。
 最後に失態があったが、本番前の練習には丁度いい経験だったと言えるだろう。
「凄かったなー……」
 木綿花の手の感触が残る手を握り締めて、航が溜息をつく横で、
「こりゃ、毎晩遅くなってもムリないな……」
 慎太郎が更に深い溜息をついた。
「でも、この後ってやり辛ぇよな」
 これだけ盛り上がったのだ。どう考えても、やり辛い。
「部活関係はこれで最後やろ? やったら、またライブ?」
「じゃねーの?」
 二人がヒソヒソしている間に、ステージが戻され。楽器が一台、セットされた。
「何、あれ?」
 慎太郎が首を傾げる。
「エレクトーンや……」
 “電子オルガン!”と慎太郎に説明する航。
『チアで盛り上がった後のライブ演奏はちょっとハードなものがありますので……』
 どこからかマイクで音声が流れる。
『次は、静かに、藤森先生の演奏をお聴き下さい』
「藤森……。誰?」
「学校の先生じゃん?」
 頷き合う二人。
“カツン”
 そして、ヒールの音がステージに響き、紺のスーツ姿の女性が姿を現した。
「……どっかで見た事ある気ぃする……」
「学校の式典の来賓とかじゃねーの?」
「あ、そーか」
 ステージ中央まで来た先生が客席に微笑みかけ一礼し、エレクトーンの前に腰掛けた。
 静かにその両手が上がり、滑るように鍵盤の上を踊りだす。
「この曲!」
 慎太郎と航が顔を見合わせた。
「“秋桜の丘”!」
 いつもギターで弾いている曲。弦から繰り出される音でしか知らない曲を別の音で聴く、この新鮮さ。強弱の付け方が微妙に異なるのは、楽器の所為なのか、演奏者の感性の問題なのか……。
 それにしても……。
「流石、先生だな。上手いわ……」
 感心しながら慎太郎が隣の航に視線を移す。
「……航……?」
 ジッとステージを見詰める航。ギュッと結ばれた口元に、その意味を察する。
「ヘソ曲げてんじゃねーよ」
 ステージを見ながら手だけを航の頭に乗せて、クシャクシャと動かす。
「……うん……」
 頷きながらも、膝の上の手がコードを押さえている。それを見て、フッと微笑むと、
「付き合ってやるよ」
 膝の上の左手をエレクトーンのメロディーに合わせて慎太郎もコードを押さえるのだった。
 ――― 先生の演奏は三曲で終わった。チアのステージで興奮気味だった観客が落ち着きを取り戻したところで、演奏を終えたようだった。慌しくエレクトーンが下げられ、ステージ上にスタンドマイクが三台並べられる。
『次は……』
 三年生とその友人達によるアカペラらしい。
「他校生は入れへんのと違うん?」
「裏事情でもあるんじゃねーの? いや、女子だと入場制限が甘いのかもよ」
 制服さえ借りてしまえば、すんなりと通れそうだ。
「俺等はチケットなくしたら警察沙汰やのに……」
 クスクスと笑う。真相は当人達ぞのみ知る、といったところか。
 ステージ上には五人の女子。右端の女子が小さくカウントをとって、歌が始まった。アルトが一人、メゾソプラノが二人、ソプラノが一人、そして、ボイス・パーカッションが一人。
「上手いじゃん、歌」
 慎太郎が“へぇー”と頷く横で、
「……ボイパって、苦手……」
 と航。
「なんで?」
「なんか……、唾の音が聞こえる……」
 ウエッと顔をしかめる航に慎太郎が笑いをこらえる。