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WishⅡ  ~ 高校1年生 ~

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「友達にね、アンサーのファンの子がいるの。で、聞いてみたら、録画してあるって言うから、ダビングしてもらっちゃった。それでね……」
 “ミュージック・ナイト”と聞いた途端、慎太郎がDVDをセットする。木綿花の説明は二の次。二人並んで、いつの間にやらTVの前にスタンバイだ。
「……ちょっと! 聞いてる!?」
 そんな二人の様子を見て、木綿花が声を張り上げるが、
「シーッ!!」
 二人同時に、人差し指を口に当てる。
 木綿花がコピーしてくれた歌詞を各々が見ながら、始まった演奏を食い入るように見詰めて……。終わると同時に、再生。……再生。……また、再生。そして、歌詞を見ながらブツブツと呟き始める。
「……ねぇ……」
 木綿花が声を掛けるが、二人とも振向く気配すらない。溜息をついて席を立った木綿花が、セルフサービスでお茶を入れる。と、
  
  ♪ 学校前の長い坂道
  
 慎太郎の独り言のような声が聞こえ、同時に、
  
  ♪♪ 季節短し 恋せよ乙女
  
 違うメロディーの航の声が重なった。合図を送った様子もなく、それでも同時に歌い始めた二人。そんな二人を見て木綿花が微笑む。
 呟くような小さな声のハーモニーがリビングに響く。それを聴きながら、木綿花がキッチンカウンターの向こうへと席を立った。
  
  ♪ 結んだ髪 白いリボン
  
 低い声と高い声が心地良い。
  
  ♪♪ 春・夏・秋・冬 移る季節と
  
 微かな二人の歌声をBGMにカチャカチャと食器を取り出す。
  
  ♪ 必要なものは『行動』『経験』……
  
「あれ?」
「……んー……」
 二人の歌声が止まった。
「どうしたの?」
 木綿花がキッチンからトレイにマグカップを三つのせて、それをテーブルに並べる。
「サビのとこ、だよな?」
 慎太郎の言葉に航が頷いた。
「あんまり綺麗に重なり過ぎてて、どっちがどっちの音か分からへん……」
 そう言いながら、木綿花の淹れてくれたカフェオレを一口飲む。
「だからね……」
 木綿花が、カップを置いてカバンに手を伸ばす。
「はい! これ!」
 出て来たのは、たった今歌っていた歌の譜面だった。
「ちょっ……。木綿花ちゃん、これ!」
「お前、こーゆーもんはもっと早く出せよ」
「出そうとした途端に“シーッ”って言ったの、二人でしょ!?」
 “だっけ?”と航と慎太郎が顔を見合わせた。
「どーしたん、これ?」
 “もう!”と膨れる木綿花に航が笑って訊ねる。
「ファンクラブの会報に付いてたんだって。頼み込んで、コピーしてもらっちゃった」
 そう言って笑いながら木綿花がペロリと舌を出した。その仕草に、
「“頼み込んで”?」
 慎太郎がピンとくる。
「“何”を“どんな風に”?」
 二人の真ん中真正面に陣取っていた椅子をやや航側に移す木綿花。
「んーとね。……歌の上手な知り合いがいて、この曲を覚えたいって言ってるから。って」
 木綿花の言葉を聞いて、航と慎太郎が顔を見合わせ、視線を木綿花に戻す。
「それだけ?」
「そうよ」
「ホンマに、それだけ?」
「や、やだなぁ。航くんまで」
 視線を逸らしたまま、顔を隠すようにカフェオレを飲む。そんな木綿花を見て、
「もう、ちょっとやそっとでは驚かへんけどな……」
 航がギターを手に取った。
「……一緒に聴かない? って、誘っちゃった……」
 木綿花が超小声で肩を竦める。
「お前!!」
「だって!!」
 睨み合う慎太郎と木綿花。そして、そんな二人の間を割って入るように航の声が小さく響く。
「……ありがとうな……」
 明るく振舞っているものの、木綿花には、あの日、航が倒れたのは自分の所為だという思いがわだかまっていた。だから、大勢の前でのライブはムリかもしれないが、たった二人の前でなら……。木綿花の精一杯の思いが伝わる。
「じゃ、その日を目標に練習すっか?」
 木綿花との睨み合いから視線を逸らして、慎太郎もギターを構えた。
「ここな……」
 航が問題の箇所を弾いて、互いの音を確認。
「……俺のが、音、上なんだ……」
「音の高低が結構入り乱れてる……」
 額を突き合わせて“うんうん”と頷き合い、
“トントン”
 航のカウントでサビから歌い出す。
  
  ♪ 必要なものは『行動』『経験』『熱い想い』
  
 音をひとつひとつ確認しながら歌う二人。既にギターを弾きながら歌っている事に木綿花が目を丸くする。そして……、
  
  ♪ 大事なことは『順応力』『おうにょ……
  
 二人同時に……噛む……。
 気分良く歌っていた二人と気分良く聴いていた木綿花が、同時に吹き出した。
「やだ。同時に噛まないでよ」
 クスクスと笑って木綿花がカップを置く。
「お前、“応用力”噛むんじゃねーよ!」
 自分のことは棚に上げて、慎太郎。
「シンタロかて、噛んだやん!」
 “おうにょうにょく”ってなんやねん!? と航。
「“岩盤浴”みてぇ」
「“く”しか合うてへんし!」
 二人揃って、クスクスと笑いが止まらない。
「応用力。……ほら、言えるじゃん」
「応用力。……俺かて、言えてるやん」
 笑いながら首を傾げる二人。そんな二人に“おかわりいる?”と訊きながら木綿花曰く。
「もう一回やれば歌えるんじゃない?」
「じゃ、気を取り直して」
 慎太郎が木綿花にカップを差し出し、
「どうせなら、頭からやる?」
 慎太郎に問い掛けながら、航が木綿花にペコリと頭を下げつつカップを手渡した。
 三人分のカップを運ぶ木綿花の後ろで、二人の演奏が始まる。
  
  ♪ 学校前の長い坂道
  
 主旋律の慎太郎の声に重なり、
  
  ♪♪ 季節短し 恋せよ乙女
  
 本編の歌詞をフォローするかのような歌詞の航の声が重なってくる。軽快なリズムがリビングに響き、それに後押しされるように、小気味良いリズムで木綿花の手が動く。インスタントのコーヒーを濃い目に淹れ、氷の入ったマグカップに注ぎ込み、牛乳で割る。お手軽カフェオレの出来上がりだ。歌は丁度ワンコーラス目のサビにかかった所。
  
  ♪ 必要なものは『行動』『経験』『熱い想い』
  
 軽快なリズムはそのままで低音と高音が綺麗に重なりながら……。
  
  ♪ 大事なことは『順応力』『おうにょうにょ……
  
 カップをトレイに乗せた木綿花が脱力を伴ってコケ、航と慎太郎が固まった。
「もう! またなの?」
 クスクスと笑いながら、木綿花がおかわりのカップを各々の前に並べていく。
「“応用力”!」
「言えるやん!」
 笑いながらも憤慨気味の航。
「アップテンポだから、早口言葉みたいよね」
 二人のやり取りを聞きながら、木綿花が笑った。
「「それっ!!」」
 二人揃って、木綿花を指差す。
「テンポが速い上に、メロディーが上下してややこしいから噛むんだ」
 うんうんと慎太郎が頷き、
「慣れるしかないかなぁ……」
 航が溜息をついた。
「暇のある時は、一人でも歌ってた方がいいって事だな……」
「そーやな……」
「あ!」
 ふと、木綿花が何かを思い出したかのように、カップを置いてカバンの中を覗き込む。
「“暇”で思い出したんだけど……」