WishⅡ ~ 高校1年生 ~
「やっぱな……」
と頷く慎太郎が、
「実は木綿花に頼んで、コード付きの歌詞、コピーしてある」
“どうだ!”とばかりに親指を立て、
「シンタロ、グッジョブ!!」
航が親指を立て返した。
帰ったら、レパートリーが増える事になりそうである。
「お待たせ!」
ギターを肩に掛けて航が出て来た時、慎太郎は携帯通話中だった。
「……おう。じゃ!」
航の姿を見て携帯を閉じる慎太郎。
「誰?」
「木綿花」
航の速度に合わせて歩きながら、慎太郎が携帯を少し上にあげる。
「お前の病院に付いてったじゃん? “どうだった?”ってさ」
「……どうもなにも……」
“変わりなしやん”と航が少しむくれたようにトン! と杖をついた。そんな航の頭に手を置いて、
「お前とギターやるって言ったら、夕方に“いいもの”持って来るって」
慎太郎が笑いかける。
「夕方? “いいもの”?」
今来ればいいのに……と航。
「部活中なんだよ、あいつ。で、帰ったら来るって」
「“いいもの”は?」
「そんなの、俺が分かる訳ないじゃん!」
それもそうか。と二人で笑う。
――― そんなこんなで、飯島家。先日木綿花から貰ったコピーをテーブルに置いて、航が弾き始める。
結構なアップテンポのナンバー。最初は少しゆっくり……。二回目は……。
♪♪♪♪♪
原曲通りのスピードで弾く航に、慎太郎が目を丸くしている。
「早い曲やから、きっついわー……」
一通り弾き終わって航が笑った。
「お前、“きつい”って……。ちゃんと弾けてるじゃん」
その笑顔に呆れる慎太郎。
「んな事あらへんよ。二ヶ所くらい間違うてるもん」
「あ、そっ」
“それすらも気付かなかった”と顔をしかめながら、慎太郎も挑戦。
「……これってさ……」
の筈が、早速、混乱。
「こないだ歌番組で聴いただけだけど、メロディーがふたつあったじゃん?」
ストリートライブから出て来たデュオの新曲。主旋律とハモリ……なのだろうが、歌詞が違うのだ。分かりやすく言うと、二曲を同時に歌っているかのような曲だった。サビでは同じ歌詞でハーモニーになるのだが、それまでは別の歌詞、別のメロディーなのである。
「俺、どっち?」
「あー……」
歌詞カードに目を落として航がそのひとつを指し示す。
「こっち、かな?」
「こっちって……“黒”の方?」
「違う、“銀”の方」
このデュオ、二人ともメガネを着用しているのだ。ひとりが“黒縁”もうひとりが“銀縁”。航も慎太郎も各々の名前が分からないから、メガネの色で区別を付けている。
「こっちの方がメインやったし、メロディーがシンタロの声と合うてるから」
航の言葉に頷く慎太郎。それじゃ! と弾き始めた。
「……で。……と。……よっ。……せぃ……」
コード毎に何かしら一言出る。
「……クスクス……」
それを聞きながら、航が笑いを噛締めていると、
「笑ってんじゃねーよ!」
慎太郎がコードを押さえながら航を睨んだ。
「そやかて、シンタロ、祖父ちゃんみたいやねんもん」
家で何かをする時の祖父の掛け声みたいだと航が笑う。
「悪かったな。年寄り臭くて!!」
口をへの字に結んで慎太郎が作業を続けていく。
「……コードは一緒なんだな……」
一回通して、二回目に入り、慎太郎が気付いた。
「うん。メロディーが違うから錯覚するけど、こことここ以外おんなじ。でないと、綺麗に聴こえへん」
そう言いながら、感心したように何度も頷く。
「よく考え付くよな……」
「ホンマやな……」
……そして、数分後。
「よし。なんとか大丈夫!」
慎太郎がようやくOKを出した。
「ほな、二人で通そ♪」
各々で弾いていたギター。とりあえず、一度、二人でやってみる。
航がギターの表面をトントンと叩いてカウントを取り、本来のスピードより少しゆっくり目に弾き始めるのだった。
「ここは、同時やのうて……」
「あー。俺が一拍遅いんだ……」
歌詞カードを見ながら額をつき合わせて、かれこれ二時間近く経過しているにも関わらず、まだしっくりこない。
「歌詞カードとコードだけやと……」
「キツイもんがあるな……」
一昨日一回聴いただけの曲なのだ。いくら歌詞があってもどうにもならない。
「CDっていつ発売だっけ?」
「今度の水曜日」
航の言葉に慎太郎が指を折る。
「……後……四日か……」
「それまではコードだけでも練習しとこ。すぐに歌う訳やな……い……」
航の言葉が尻すぼみに消えた。そう。いくら練習したところで、発表の場はないのだ。誰かに聴かせるといっても、せいぜい家族か木綿花である。
自分の言った言葉に航が“ハァーッ”と溜息をついた。
「ちゃんと出来るようになったら、木綿花に聴かせてやろうぜ」
項垂れる航の頭にポンと手を置いて、慎太郎が言う。
「うん。そやな……」
「とりあえず、ギターだけだけど……。もう一回通してみる?」
「出来んの?」
航が意地悪そうに笑い、
「どの口が言ってんだ!?」
慎太郎が航の頬を掴んで左右に引っ張った。
「いひゃい! いひゃい!」
“もう!”と慎太郎の手を引き剥がすと、そのまま頬を両手でさする。
「お前は一言多いんだよ!」
慎太郎の“ざまあみろ”的なセリフ。
「弾け……」
言い返そうとして、再び上がってくるその手に、
“トン、トン”
とギターを叩いてカウントを取る航が、そのまま弾き始める。
「ちょっ! 卑怯だぞ!!」
慎太郎が慌てて後を追う。
うろ覚えのメロディーを頭の中で追いながら、互いの音に耳を傾ける。航について行くのがやっとの慎太郎。だが、それを見て航が微笑んだ。始めた頃は、“はい、C……はい、D……”だった慎太郎の技術。それが今や二時間の練習で……やっととは言え……弾けているのだ。たったの半年間で、大した進歩である。
♪ジャカジャン
弾き終わると同時に、
「すっごーいっ!!」
リビングの端に手を叩く木綿花の姿があった。
「また勝手に入ってきやがって!」
怒る慎太郎に、
「一応、チャイムは鳴らしたのよ。でも、誰も返事しないし、鍵はかかってないし、中からギターが聴こえてくるし」
言いながら、木綿花が並んでいる二人の前に座る。
「でも、ちゃんと出来てたよね。ギターの音だけなのは残念だけど……」
「歌詞だけあったって、一回しか聴いてない歌を歌うのはムリだよ」
“なっ!”と慎太郎と航。
「だから、“いいもの”持ってくるって言ったじゃない」
顔を見合す二人に、木綿花がバッグから可愛い袋を取り出した。
「何、それ?」
“いいもの”に興味津々の航が覗き込む。
「ジャーン!!」
小さな袋から出て来たのは、薄い12×14センチくらいのプラスチックケース。
「CD?」
指差す航。
「DVDよ」
そう言って、木綿花がそれを慎太郎に渡した。
「一昨日の“ミュージック・ナイト”を録画してあるの」
“ミュージック・ナイト”。毎週木曜日に放映されている由緒正しき音楽番組である。一昨日というと、慎太郎と航も見ていた。……そう、今の曲を演奏している“メガネデュオ・アンサー”が出ていた“それ”である。
作品名:WishⅡ ~ 高校1年生 ~ 作家名:竹本 緒