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WishⅡ  ~ 高校1年生 ~

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 小田嶋氏の奏でる旋律に合わせるかのように、脳裏を過ぎる様々な季節。聴こえてくるギターの音はひとつ。聴き手側にいる自分が一年前と重なる。あの頃は、何も出来なくて、ひたすら航のギターを聴いていた。……不意に隣に航がいる錯覚を覚え、右横に視線を流す。と、同時に、演奏が終わった。
「……あ……」
 拍手をしながら、頬が濡れている事に気付く。慌てて手のひらで拭い、大きく息をついた。そのまま、人波が通り過ぎるのを見詰める。小田嶋氏の演奏に、皆、微笑みを浮かべて去って行く。あの時、自分達の演奏を聴いてくれた人達も、こんなだったろうか……と後姿を見送っていた。と、
「慎太郎くん!?」
 小田嶋氏に呼ばれて、慎太郎は振り返った。

  
 公園に入って、【吟遊の木立】の入り口まで来て、航が大きく息をつく。
「結構、距離ある……」
 普通に歩いていた時は何でもなかった距離。右一本に減ったとは言え、流石に杖を必要とするこの身体では辛いものがあった。
「居はるかな……?」
 土曜日の午後。連絡のつかない慎太郎に代わって浮かんだのは、どこか父に似たストリート・ミュージシャンの小田嶋氏であった。
 こんなになってしまった自分への自己嫌悪、慎太郎との小さなケンカ。小田嶋氏なら、笑って聞いてくれる気がして……。
「あれ? この曲……」
 聞き覚えのある曲が聞こえて、急ぎ足で小さな橋を渡ると見えてくるいつもの場所の人垣。聴こえてくるのは……間違いない! “秋桜の丘”だ。どうして小田嶋氏がこの曲を演奏しているのかは分からないが、なんだか嬉しくて、更に急ぐ。そして、見付ける。
「……シンタロ……?」
 携帯は? バイトは? ……そう思いつつも、今なら、素直に謝れそうな気がして声を掛けようと……。
「シン……」
『慎太郎くん!?』
 声を掛ける小田嶋氏。振り返った慎太郎。航は、その場から動けなくなってしまった。
  

「アルバイト!?」
 芝生前のベンチに並んで腰掛ていた慎太郎と小田嶋氏。慎太郎の急な申し出に小田嶋氏が声を上げた。
「探してみたんですけど……。週末だけで、人との接触が極力ないやつってなかなかなくて。俺、どういう仕事があるとかよく知らないから、その条件になるべく近い仕事ってご存知だったら教えてもらえればと思ったんですけど」
「時給は?」
「さっきの条件さえ合ってれば、贅沢は言わないつもりです」
「いやぁ、もう充分、贅沢言ってるよ」
 小田嶋氏の笑顔に釣られて、エヘヘと慎太郎が頬を掻いた。
「……週末だけで、ねぇ……。朝早いのは平気かな?」
 “高校生だから、夜遅いのはダメだからね”と小田嶋氏。
「はい。早い分には、平気です」
 慎太郎が頷いたのを確認し、小田嶋氏が携帯を取り出した。何かと訊ねようとする慎太郎を片手で制し、通話を始める。
「よ! 俺、俺! お前んとこさ、週末のバイト、探してなかったっけ? ……まだ探してる? 短期なんだけど……。高校生なんだよ。だから、夏休み中だけなんだけど……。うん。今から? ……ちょっと待って!」
 携帯を耳元から離し、小田嶋氏がキョトンとしている慎太郎に話しを振る。
「今から面接って、行けるかな?」
「え!?」
「引越しセンターなんだけど、友達がそこの責任者でね。週末の人手が足りないらしくて……」
「面接って……」
 初めての事で何が何だか分からない慎太郎。
「大丈夫! 僕も付いて行くから。時間、平気?」
「は、はいっ!」
 そして、小田嶋氏が電話に戻る。
「OKだって。今から連れてくよ。……そうだな。準備しながらだから……一時間後。うん。ありがとう。じゃ、後で……」
 携帯を閉じる小田嶋氏を見て、
「……えーっと……」
 慎太郎が戸惑う。アドバイスを貰いに来たつもりが、バイトが決まってしまったようだ。
「ありがとうございます」
 とりあえず、ペコリと頭を下げる。
「この間会った時に、たまたま聞いててね。向こうも僕からの紹介なら心配ないし、僕もあいつの所なら胸を張って紹介できるし」
 “大事な弟分だからね”とウインク。
「おと……」
 “弟”の言葉がこそばゆくて、慎太郎が肩を竦めて笑った。
  

 陽射しの中の二人が何やら話しながら脇のベンチへ移動する。何を話しているかは聞こえない。でも……。
「めっちゃ楽しそうや……シンタロ……」
 小田嶋氏の横の慎太郎の笑顔が子供のようで、航は胸が締め付けられるのを感じた。何を話しているのだろう? 自分に内緒で、二人で笑い合って……。
 悔しくて、哀しくて、一人置いてきぼりにされた気がして……。見ていられなくなって背中を向け、買ったばかりの弦を落とした事にも気付かず、航は公園から去って行った。
  

「……で、“週末だけ”って言うのは、航くんと関係があるの?」
 不意に訊かれ、慎太郎の笑顔が止まった。
「ずっと来てなかっただろ? 何かあったの?」
 小田嶋氏の鋭い質問に、慎太郎が隠しておけないと観念する。
「……実は……」
 話そうとして、
「……航!?……」
 人ごみの中、航がいた気がして目を凝らす。
「慎太郎くん?」
 驚く小田嶋氏。
「すみません!」
 小田嶋氏に“ちょっと待ってて下さい”と頭を下げると、人を掻き分けて航の姿が見えた所へと急ぐ慎太郎。辿り着いて辺りを見回すが、人ごみと木立とでその姿を確認する事は出来なかった。見間違いかと思って戻ろうと返した踵。つま先に、何かが当たった。
「……弦……?」
 いつも行くショップの袋。この大きさは、ギターの弦だ。袋を傷付けないようにそっと開ける。
「これ……あいつのと同じ……」
 航が愛用の弦と同じ物が入っている袋を元通りに閉じ、首を傾げたまま待っていてくれている小田嶋氏の下へ急いで戻る。
「どうかした?」
 戻って来た慎太郎に小田嶋氏が微笑む。
「今、航が……」
 言いかけて、チラッと見えただけだ、気のせいかもしれない。第一、あの足でここまで来るのは大変だ。と思い直す。
「航くん?」
「あ、はい。航なんですけど……」
 と話を戻す。三ヶ月前、ライブの帰り道に航が倒れた事とその原因と理由。流れで、つい、先日の事までも……。
 話し終わって隣りを見ると、小田嶋氏は、こぶしを唇に当てて黙り込んでしまっていた。喋り過ぎたかなと後悔する慎太郎。いつもなら、絶対にこんなには口外しないのに……。
「あの、俺……」
「ちょっと、いいかな」
 同時に口を開き、慎太郎が小田嶋氏に譲る。
「僕は専門家でもなんでもないから、ひとつの意見だと思って聞いてほしいんだけど」
 小田嶋氏の真剣な顔に、思わず姿勢を正す慎太郎。
「ケンカになってしまう程、航くんはライブがやりたい。ただ、“ギターが好き”というだけじゃなく、“何か”があって、そういった結論に辿り着いていると思うんだ。それを本人の意思に逆らってまで禁止していいのかな?」
 首を傾げる慎太郎に“つまりね……”と、小田嶋氏が続ける。