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WishⅡ  ~ 高校1年生 ~

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 あれは、“ケンカ”と言うのだろうか……。自分の思いを一方的に伝えて、思った返事が返って来なくて、その場から立ち去った。
 一学期最後の一週間、こっそり……きっと、当人はこっそり……慎太郎がついて来ていたのには、すぐに気が付いた。でも、“一人で行く”と言った手前、声を掛ける事は出来なかった。躓いたり転んだりすれば向こうから姿を現すかとも思ったが、こういう時に限って、きちんと歩けたりするのだ。結果、“一人で……”を証明してしまう事となった。
 だったら、学校で必要に駆られて会話をした時にでも謝ろうかと思ったのだが、変な意地が邪魔して、それも出来なかった。
「……バイト……、見付かったかな……」
 窓から見える夏空に溜息をついて、航は次の曲を弾き始めた。
  

 朝、母が仕事に出るのをいい事に、たっぷり寝坊して、ダラダラ起きて、なんとなく宿題をして、テレビを見て、コンビニで手に入れた情報誌を見る。という日々が続いていた。
「都合のいいバイトって、なんで、“高校生不可”なんだよ!?」
 こんな所で“世間の壁”に突き当たってしまっている慎太郎。
「時給のわがままは言わねーから、時間のわがまま言わせてくれよぉ……」
 と、情報誌に懇願。
 こんな時に、ちょっと年上の“頼れる大人”がいればいいのだが……。
「……!……」
 何かを思い出し、慎太郎がウォレットをひっくり返す。
「いるじゃん! 一人!!」
 見付けた小さな紙。ギターとブルースハープと音符の絵が描かれている名刺だ。
「“小田嶋 慎”」
 名前を読んで、カレンダーに目をやる。今日は金曜日。明日は、小田嶋氏がライブを行う日だ。彼はいつも、午前と午後の二回、ライブを行う。
「朝はキツイから、昼から行くかな……」
 テーブルの上には、蓋の半分開いたカップ麺。コンロのヤカンが笛の音を奏でた。
  

 翌日、土曜日のリハビリの帰りのバスの中、
「今日は、早く終わったから……、友達と遊んでくればいい……」
 動く方の左足で杖をコンコンと蹴っている航に祖父が呟いた。
「え?」
 祖父の思わぬ言葉に驚く航。
「朝早くの登校は迷惑だろうが、遊んじゃいかんとは言っとらんぞ」
 少し怒ったような口調で祖父が言う。
「……そやけど……」
 あの時、ケンカ別れしてしまっているのだ。ノコノコと会いには行けない。
「自分が悪いと思ってるのなら、サッサと謝ってしまえばいいんじゃないのか?」
 ここ二週間の航の様子で、祖父は察しがついているようだ。
「変な意地張っても、碌な事がないぞ」
 “そういう所は、毅志にそっくりだな”と孫に息子の影を重ねて、祖父が笑った。
「うん」
 祖父の笑顔に頷き、航が携帯を取り出す。アドレス帳から【シンタロ】を選択、すぐさま呼び出し音が鳴った。
 が、
『……只今おかけになった電話番号は、現在、電波の……』
 流れるメッセージに溜息を付いて、航が携帯を切る。
「どうした?」
「……多分、バイト……」
「“バイト”?」
 首を傾げる祖父に、航が頷く。
「“やりたい”って言うてたから……。きっと、始めてるんやと思う」
「メールをしておけばいいんじゃないのか?」
 その言葉に、今度は首を振り、
「文字やのうて、ちゃんと、言葉で謝りたいから……。夕方、行っていい?」
 祖父の顔を覗き込む。
「そうだな」
 頷く祖父に、エヘヘと笑うと航は窓の景色に視線を移した。
 見覚えのある風景が近付いてくる。高校のすぐ近くだ。
「祖父ちゃん!」
 不意に肩を叩かれ、祖父が振り返る。
「俺、次で降りて買い物して来ていい?」
「何を買うんだ?」
「“弦”とか」
 それを聞いて、降りる準備を始める祖父。そんな祖父を航が制止する。
「ゆっくり見て回るから、俺、一人でええよ」
「一人で、か?」
「うん。時間潰して、会えそうやったら、そのままシンタロんとこ行くさかい」
 “気を付けてな”と頷く祖父を残して航は一人、次のバス停で降りるのだった。

  
 携帯の電池切れに気付いたのは、駅に着いてからだった。
 バス停に着くか着かないかの段階でバスが来たので飛び乗り、時間の確認をする必要がなかったから。駅で電車の時刻を確認しようと携帯を取り出したら、目の前で“ピー”と電子音が鳴り画面がブラックアウト。
「ゲッ!」
 休み中、家の中でダラダラと過ごす分には携帯は必要ない。その所為で、ここ数日、充電をすっかり忘れていたのだ。
「ま、使わねーか……」
 駅にも公園にも時計はある。唯一の連絡相手の航とこういう状態にある今、ムリに充電器を買う必要もないだろうと、携帯をポケットにしまい込み、慎太郎は公園へと向かった。
 航が倒れてからは来ていないから、ほぼ三ヶ月振りになる。公園の緑は、すっかり夏色に変わっていた。照りつける陽射しの中、木々を抜ける風が心地よい。【吟遊の木立】に向かう小さな橋を渡ると、メインストリートの向こうに人だかりが見えた。小田嶋氏の午後のライブの真っ最中のようだ。
「……覚えててくれてるかな……」
 少し不安になりながら、人だかりの一番後ろに参加した。
  

 昨日、ギターを弾いていて、航はその音色に首を傾げた。なにやらしっくりこない。きっと、ここ数日の酷使に加えギターの手入れを怠っていた所為だと結論。とりあえず、弦を初めに色々と見て、買って……。夕方まで時間を潰すつもりだった。
「あ、譜面台……」
 ふと、立て掛けてある譜面台に気付き立ち止まる。
「これがあれば、曲数増やしてもシンタロ怒らへんかな……」
 呟き、思い出す。
「……やらへんにゃった……」
 いたたまれなくなり、弦だけ購入してサッサと店を出た。
 夏の午後、陽はまだ高い。五時頃にはバイトも終わるだろうか? 繋がらない携帯に溜息をつく。
「する事ないわぁ……」
 久し振りに慎太郎に会うと思うとなんだかジッとしていられなかった。夏休みが始まって一週間、向こうから連絡はないものの、きっとバイト探しとこの間の事とで互いに連絡が取り辛くなってるだけだ。第一、航自身も連絡を取ろうとはしなかったのでとやかく言う権利はない。携帯を取り出して時間を見ると、二時半。時刻の横の日付と曜日が目に入る。
「……土曜日や、今日……」
 帰りのバス停へと向かう途中、クルリと踵を返し、駅行きのバス停へと航は向きを変えるのだった。

  
 優しいギターの音色と胸に響くブルースハープ。いつも切ない瞳で見詰めていた航を思い出す。今はいない父と重ねているのだと気付くのに時間は掛からなかった。
「……で、ちょっと心配しているんですけれど……」
 曲が終わり、小田嶋氏の声が聞こえる。
「どこかでこの曲を聴いたら、僕が心配していると、彼らに伝えて下さい」
 そう言うと、静かにギターを弾き始めた。
「……“秋桜の丘”……」
 響き始めたそのメロディーに慎太郎が呟く。航の姉の好きな曲。自分達に最も馴染みがあるからと、ライブの時に音合わせも兼ねて最初に演奏した曲だ。