分岐点 (後編)
「ですから、もう遅いですし。すみませんが、今日はもうお引き取り願えませんか。また明日改めて…。」
そう言いかけたところで、言葉を失った。坂木さんの表情からさっきまでの笑顔がなくなっていたからだ。
見上げるような視線は白目がちで、単純に不気味に感じた。
扉を押さえている白い手が微かに震えている。手の甲の筋がくっきりと浮かび、力が入っているのが見て分かる。
―今、何を考えている?
白い手が一度引っ込みそうに見え、こちらがふと油断した瞬間。
銀色に光る、この場に不向きなものを隙間から突きつけられた。
「!!」
刃物かと思い、冷や汗が出た。
見ると、ペンチのような形をした工具だった。
―どこからこんなもの…
―いや、いつから持っていたのか
―最初から?妻が抜け出すのを知っていたのだろうか
ギラリと光る工具がチェーンにかけられ、チェーンが揺れる。
―まずい!
反射的に扉を閉じようと取っ手に手をかけるが、予想以上の素早さで隙間から足が挟みこまれた。