分岐点 (中編)
食事の配膳と下膳時、そしてナースコールを押すとトイレ誘導のため看護師は入ってきた。ここはそもそも病室ではないのでトイレがなかったからだ。
トイレへ行くには、監視役の看護師が着いて来る。この看護師たちは私の事をどのように聞いているのだろうか…。
「子どもが行方不明になっておかしくなった、かわいそうな患者さん」程度だろうか。そんな事を考えながら、トイレを済ませた。看護師は入り口の扉に寄りかかりながら待っている。
洗面台の鏡で自分の姿を見た時には、さすがに寒気がし、体がブルッと震えた。
千恵がいつも振り回している人形のような乱れた髪の毛。無数の生傷、体中のあざ。生気のない表情。こけた頬。病院の寝衣。
―これが私…?
本当に患者のようだった。再び、私のほうがおかしいのかと、おかしな錯覚に陥り、吐き気を催す。しかし、食事もほとんどとっていない胃からは胃酸しか出なかった。
―早く、早くここから出なければ。
―本当に患者にされてしまう…!
必死で冷静さを保ちながら洗面台で手を洗っていると、足元に何か転がってるのが見えた。
それを見て再び胃がギリッと締め付けられた。鏡越しにチラリと看護師を見ると、看護師は退屈そうに自分のネイルをチェックしている。
私が暴れることもなくなったので、緊張感が薄らいでいるのだろうか。
そっとしゃがんで、咳き込みながらそれをつかんだ。
「杉川さん。」
看護師が近寄り、背中をさすった。私は両手を胸に当て、小さくゴホゴホと咳をした。
体を支えられながら、ベッドへ戻る。ガチャリとかけられる鍵の音にもだいぶ慣れた。
看護師がいなくなった事を確認し、毛布にくるまりながら、両手をそっと広げ、それを見た。
間違いない、竜輝は近くにいる。
私は立ち上がり、病衣を脱ぎ捨てた。