分岐点 (中編)
坂木さんの旦那さんの姿が見える。つまり坂木病院の院長だ。
啓一は仲良さそうに何やら話したあと、よろしく御願いしますと頭を下げている。
その隣に神妙な表情をした坂木さんが立っている。
坂木さんはこちらを見て、にっこりと微笑む。
見慣れた笑顔なのに、怖くてしょうがない。
「い、いやよ!帰る!!」
自分でも驚くくらいの大きな声が出た。
理由は分からないけど、怖い。ここに居てはいけない気がする。
私の大きな声に、千恵も目を丸くしている。
目に見えない何かが怖くて、千恵をぎゅっと抱きかかえる。
「瑞樹、2・3日したら迎えにくるから、しっかり心身を治すんだ。」
啓一が優しく声をかけ、頬をなでる。
「あたし、おかしくなんかなってない!!竜輝を、竜輝を探さないと!!」
啓一の手を振り払った。
悲しそうな表情が視界に入る。
―違う、伝えたいのは…。
ハッとした。
啓一の手に、青い長靴…。
「啓一、その長靴…。」
「そうだ、竜輝の長靴だ。」
「そ、それね…。」
「坂木さんの奥さんが見つけてくれたんだ。」
―…えっ??
呆然とする。
「道路脇の溝に落ちているのを見つけて、持って来てくれたんだ。」
―…違う
「その時に、お前の精神状態が不安定だからと聞いて、坂木先生に診てもらったんだ。」
―どうしたの、啓一
「待って、違う!待って!その長靴は坂木さんの家に…!!私が見つけて、坂木さんちの庭で…!」
啓一が私のことを同情の目で見つめている。
―何よ、その視線。やめてよ。
千恵を抱き、しゃがみ込んだまま辺りを見回した。そして、自分だけが場違いな空気に居ることに気付いた。
―違うのに!信じてよ!