分岐点 (前編)
「今日は近所に言ってまわる。町内会の人にも御願いして、連絡網でまわしてもらおう」
ダイニングテーブルへ座り、啓一はコーヒーを片手に、そうつぶやいた。
「…私のせいだ。」
ずっと考えないようにしていたことを、とうとう口に出してしまった。
「私がもう少し早く迎えに行っていれば…こんなことには…。」
視線を合わせずに、啓一が答えた。
「お前のせいじゃない。」
「だって、だって…。」
「瑞樹、お前のせいじゃない。」
啓一のため息交じりの返事を聞き、私は机を大きく叩いて立ち上がった。
その拍子に椅子が音を立てて倒れた。
「だって、カメラ、啓一も見たんでしょう?私があと5分早く着いていれば…!!」
「……」
「なんで、黙るのよ!啓一もそう思ってるんでしょう!私のこと責めればいいじゃない!そうよ、私が、…もっと、早く、迎えに行けば…。」
涙があふれる。自然と嗚咽が漏れる。
もう昨日からどれくらいの量の涙を流したのか。
「こんな、こんなことには…」
「……」
黙り込む啓一を見て、私は言葉をなくした。
あの啓一が泣いている。声を出さずに唇をかみ締め、涙を流している。
最後に啓一の涙を見たのは、竜輝の出産の時だろうか。
泣き顔を見られるのが本当に嫌で、泣いてないって言い張っていたけれど。
「ああ、そうだよ、お前がもっと早くに迎えに行けばこんなことにはならなかった、そう言ってもらえれば満足なのか?」
低く静かな声。決して大きな声で怒ることのない啓一。
だけどその声は怒りに満ちていた。
この時は、行き場のない怒りをどうしたらいいのか、啓一も困惑していたのだ。
「…ごめんなさい。」
竜輝の生死も分からない。
どうしてこんな目に合うのか、この怒りをどこにぶつけたらいいのか。
私たち二人の精神は、たった一晩で限界だった。