分岐点 (前編)
同日、二十一時三十分
『かーちゃん、今日体操教室なかったよー』
竜輝が未使用の体操服を私に渡す。
月曜日はいつも体操教室じゃないの?
『体操する日とない日があるんだよー!お知らせ見とかないからだよ!』
ごめんねー、ていうかお知らせの紙、かーちゃんもらってないよ!
『えー、じゃあ、ポケットかなぁ。』
あー、竜輝、かばんの中でくしゃくしゃになっとるよ!
やっちゃった…みたいな表情の竜輝。
『かーちゃん、すまん、すまん!』
夫の真似をする謝り方に吹き出して笑ってしまった。
ハッと目を覚ました。
視界に入ってきたものがリビングの天井だと判断するまで、状況を把握できずにいた。
ソファーから体を起こし、辺りを見ると先ほどの二人の刑事がいる。
―そうだった…
「あの、私、どれくらい…。」
少し声がかすれて言葉が出ず、むせた。
「二十分も経ってませんよ。」
年配の加藤刑事がパソコンの画面を見ながら答えた。
短時間とはいえ、こんな時に眠ってしまうなんて、自分が親失格に感じられた。
―竜輝は泣いてるかもしれないのに…
刑事二人が何も言ってこないということは、何も進展はないのだろう。
パーカーのポケットの携帯電話を見るが、夫からの履歴はない。
顔を覆いながらため息をつく。
「まだ、休んでいて下さい。お母さんが倒れてはいけませんから。」
林刑事が優しく声をかけてきた。
普段なら嬉しい言葉だが、今日ばかりは癪に障る。
返す言葉が見つからず、睨み返すのが精一杯だった。