分岐点 (前編)
「靴は…ない。」
朝、履いて行くと言い張った青い長靴。
ない、ということはやっぱり園庭のどこかにいるのだろうか。
もう一度園庭に出てみた。
一人でひっそりと隅っこで遊んでいたり、じっとダンゴ虫を見ていたり、どんぐりを集めていたり…。いろんな姿を思い浮かべながら探してみたものの…。
「…いない。」
担任の谷里先生を見つけ、声をかけた。
「え?ついさっきまで一緒に踊っていましたけど…。竜輝くーん?」
先生が大きな声で竜輝の名前を呼んでいる。
「竜輝ー!どこー?」
私も一緒に叫んでみる。竜輝と同じクラスの子たちが不思議そうな顔で近寄ってくる。
「竜輝君、いないよー。」
「帰っちゃったよー。」
その言葉にビクッとする。
嫌な予感が一瞬よぎるが、頭の中から無理矢理かき消した。
「竜輝は帰っちゃったの?」
恐る恐るお友達に聞いてみる。
「分かんなーい。」
子どもたちはキャッキャッと変わらず楽しそう。
私の周りに近寄って来て話しかけたり、穴のあいた葉っぱを見せてくれたり。けれど、そんな子どもたちにいつものように返事ができなかった。
心臓の拍動が少し速まる。
先生たち数人が手分けして探し始めた。
「『さよならのあいさつ』はまだしてないんですけど…」
送り・迎えのときに必ず先生と園児は1対1であいさつをすることになっている。どんなに忙しくっても、先生は手をとめて、園児一人一人と目を合わせてあいさつをする。
真面目な竜輝は必ず、私に抱きついたあと『先生とさよならするー!』と言いながら先生のもとへ駆け寄っていくのだ。
そんなことを思い出しているうち、時間の経過とともに先生たちの表情が徐々に曇り始める。
いらぬ想像ばかりが、頭の中を占め始める。
―落ち着け、大丈夫。
そう自分に言い聞かせた。
「竜輝君のお母さん。おじいちゃんおばあちゃんが入れ違いでお迎えしていないか確認してもらってもよろしいでしょうか。」
先生に後ろから声をかけられ、ハッと我に返った。
そうだった、その可能性が高い。
私の仕事が遅くなる時は、祖父母に迎えに行ってもらうことが多々ある。
連絡不足で入れ違いになったことは、実際にある。
―いや、待て。
祖父母が竜輝だけ迎えに来て、千恵を置いていくのはあり得ない。
動揺しながらも、念のため、祖父母の住む実家へ携帯で電話をした。
いらぬ心配をかけないよう、言葉を濁しながら。