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Drawing ♯0

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 冬の朝は、鼻の先が凍るほどしんと冷たい。ぬくぬくとした布団の感触は放し難いが、覚悟をきめて布団を跳ね除ける。飛びつくように暖炉に火を入れ、厚い上着を羽織った。
 このホテルの朝食にはまだ時間がある。支度を整えよう。 
 黒いリュックサックに、画材を放り込む。あとはトランジスタ・ラジオとアルミコップ。重いものは全部置いていこう。今日こそはどこか良い拠点が見つけられるといいのだけれど…

 朝ホテルを出て、街をぶらぶらと歩いた。海岸、市場、マーケット街、住宅地。お昼を過ぎて、僕は街を見下ろす小高い丘にたどり着いた。丘の上にはそれなりに大きな公園があって、展望台と遊具、いくつかのベンチが設置されている。
 僕は海の見える展望台の側のベンチに腰をおろした。小さな街が一望できる。遠くに水平線が伸び、フレームのように木々が視界を切り取る。うん、ここがいい。
 リュックをおろし、中からラジオを取り出す。適当にチューニングし、ボリュームを上げる。流れ出す音楽はきっとこのあたりで流行っている曲なのだろう。あまり聴き覚えはない。
 続いてスケッチブックを取り出す。芯の軟らかい鉛筆と、練り消しゴム。これだけでいい。
 よし、と小さく頷いて、自然と笑みがこぼれる。これからこの風景を切り取る。真っ白な雪に覆われた、小さな街。水平線と空のぼやけた境界、シルエットの木々。遥か遠い街の喧噪、小鳥のさえずり、北風のざわめき。音さえも閉じ込めて、新しいページを開く。
 
 何時間そこにいたのか、気づくと空の色はオレンジ色に変わり始めていた。絶え間なく動かしていた指先もかじかんでいる。絵を描き始めると、あっという間に時間は過ぎてしまう。昔からそうだった。
 鉛筆をスケッチブックに放り出し、冷たくなった指先に息を吐く。吐いた息は白く凍ってしまう。急に寒さがこみあげてきて身震いする。流しっぱなしだったラジオを止めようと横を向いた時、隣のベンチに女の人がいるのに気づいた。
 いつからいたのだろう。僕がここに来た時にはいなかった、ような気がする。
 キャメル色のコートに、ワイン色のマフラーをぐるぐる巻きにしている。年は同じくらいだろうか。まっすぐに街を見下ろす目は、髪の毛と同じ深いブラウン。そして右手には、僕と同じ鉛筆。左手にはスケッチブック。彼女も絵を描いているのだろうか。
 ふと彼女は手を止めて、こちらを見た。僕は自分があまりに彼女の事をじろじろ見ていたのに気づき、慌てて目を逸らした。頬に血が昇っていくのがわかる。自分の荷物を片づけながら、今度は彼女が僕の事をじろじろ見ているのに気づく。不審者だと思われたのだろうか。
 荷物を放り込んだリュックを拾い上げ、勢いよくベンチを立つ。彼女も同じタイミングで立ち上がった。勢い僕は彼女の顔を真正面から見ることになってしまい、今度は耳まで血が昇っていくのがわかった。彼女は落ち着き払った様子で僕を見つめ、
 「さようなら」と言って歩き出した。
 ふいをつかれて動転した僕は、彼女の後ろ姿に「さ、さようなら!」と自分で想像していた以上の音量で挨拶をぶつけることとなり、なんだかとても恥ずかしい思いをした。


作品名:Drawing ♯0 作家名:松下要