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しっぽ物語 2.人魚姫

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目前の女も、おそらくニューヨークかワシントンDCあたりからやってきたのだろう。身に着けていた真っ赤なドレスの色を思い出し、ニューヨークの住人だろうと見当をつける。セント・ヨセフ神学校に在学していた頃、街を歩く女性達の服装は妙に高価で、学生達はその姿をいつも嘆きながら、同時に欲情していた。良すぎる縫製は、安っぽく華美なネオンを所狭しと飾りつけたアトランティックシティではひとりでに浮く。そうして、よからぬ輩のカモになる。
 この女もそうした人間の一人なのだろうかと、Bは諦めの境地の果てから、瞼の裏に横たわる肢体を見下ろしていた。なぜ人間は着飾り、虚勢を張るのだろう。神が創りたもうたままの姿が、一番美しいに決まっているのに。この女が何者かは知らないが、恐らく人目を引くような、綺麗な姿かたちだったのだろう。それが今は、見事に腫れあがった顔と、後遺症の可能性を抱えている。変化した現実を拒絶しようと、眠り続けている。
 自分を貶める権利など、誰にも無い。だからこれは、罰なのだ。
 そしてBには、神に仕える者として、彼女に手を差し伸べる義務がある。



 呻きに顔を上げる。耳の後ろから聞こえてきたのは明らかに女が発するものではない。
 カーテンの向こうで、老女が苦しそうに身を捩っていた。立ち上がり、枕元に駆け寄る。
「痛いですか?」
 老女は薄目を開け、Bを見た。歯の殆ど抜け落ちた口が大きく開く。耳を近づけたが、言葉らしい音は聞こえない。ただ獣じみた喉声が、狭い喉奥から漏れている。 
 今度こそBはシーツを掴む皺だらけの手を握りしめた。普段は乾ききった掌に脂汗が滲み、まるでBの大きな手が離れていくことを恐れているかのように、精一杯の力ですがり付いてくる。
「医師を呼ぼう」
 言うと、老女は細い白髪を振り乱して拒否した。皺だらけの口元に絡みついた毛先を払ってやりながら、Bはもう一度同じ言葉を繰り返した。今度は、幾分喉元を震わせながら。
「苦しいでしょう。薬を貰ったら、少しは」
「いえ、ファーザー」
 ようやく、かすれた声が耳に届く。うごめかす事もままならない萎えた脚にシーツは絡みつくばかりだが、それでも老女はBから目を離そうとはしなかった。
「貴方に居て欲しいのです」

 全身を垂直に貫く歓喜に促され、気付けばBは勃起していた。

「まだ最後の時ではない」