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しっぽ物語 2.人魚姫

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 声にも、拡散した瞳孔が動くことは無い。
「ここは教会病院です。何も心配はいりません」
ベッドボードに貼り付けられた名札は空白のまま。暴行による脳挫傷。頭蓋骨にはヒビだけで済んだ。重量のある鈍器で殴られては居るが、広範囲を浅く抉るような傷跡から考えて、加害者の殺意は低かったか、薬物の摂取ないしは酩酊状態における犯行の可能性が考えられる。性交渉の形跡あり、ただし外性器に損傷は見られない。
 よくある観光客の失敗談の一つに過ぎないし、心の中で呟く。確かに御子は淫売も救うと請け負っているから、その教えに従うほか無いが。汝姦淫するなかれとはモーセだってはっきりと言っている。
 ここまで考えをまとめてから、Bはもう一度女のほうに向き直った。手をとりそうになったが、怯えるかもしれないと考え引っ込める。最初の接見は、尼僧に頼んだほうが良かったかもしれない。

 眼に入る範囲で動きを見せているのは落下する点滴の雫だけで、あとはカーテンの裾すら動かない。確かにWの言うことは正しいと、Bは渋々認めた。一介の聖職者は、奇跡を起こすことなど出来はしない。女の頭骨を接着し、青痣を消し、今すぐ目覚めさせることなど、とてもとても。人間は、ちっぽけな存在でしかない。
 だからこそ、大きな神に祈るのだ。Wの目尻の皺は、信仰の衝撃となってBの身を貫いた。軋みをあげる椅子を畳み、その場に膝をつく。縋るしかない。彼女に慈悲を。そして、つまらないことで身を焦がす自らに許しを。日に何度も襲われる衝動に誘われるまま、Bは深くこうべを垂れた。


 身じろぎすれば時おりへこむ床の上に佇んでいるとなると、薄いジャケットとローマンカラーでは少々肌寒い。そろそろ秋も近付き、観光客の姿も日に日に減り続けている。この時期、しかも週末にやってくるのは、バスが運行している地域の人間ばかりだった。飽きることなく賭け事に興じる彼らは、その虚しさに気付いていないのだろうか。いや、気付いているに違いない。だからこそ、自然と活気は無くなり、街の色は濁りを増す。