小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

天秦甘栗  焼肉定食

INDEX|4ページ/9ページ|

次のページ前のページ
 

 玄関で、河之内が奥に声をかけたが返事はなかった。おもてをみると、天宮のパジェロがない。二人は買い出しに出てしまったようである。玄関先に座り込んで、河之内ははーっと溜め息をついた。季節はすっかり冬になりつつある。おもては寒いので玄関に座って、河之内は静かだなあと落ち着いた気持ちで、おもての暗くなる景色を眺めていた。天宮たちは、陽が落ちてから戻ってきた。明日は天王寺が来るし、ひょっとすると天満も来るかもしれないので、いつもより多目の買い出しである。深町はその中から河之内にいくつかの食料品を手渡した。そしてランプとミニコンロとその他食事に必要そうなもの一式と寝袋を手渡した。
「野菜はホウレン草でもレタスでも白菜でも、好きなものを畑で取りなさい。あんたは、畑を手伝ってるんやから、食べる権利もあるからな」
 その深町のありがたい言葉に、河之内は首を横に振った。自分がたんせい込めたホウレン草を手折って食べるなんてとても出来ない。
「ホウレン草を食べるなんて、とても出来ません」
「まあええけどな。ごはんは、どんぶり一杯くらいかな?」
 炊飯ジャーからどんぶりに一杯の御飯をよそって河之内に渡す。
「ランプのホヤは、替えがあと1コしかないから大切に使ってや」
「どうやってつけるんですか?」
「はあー?!」
 深町はあきれた顔である。簡単につけているアウトドア野郎にとっては愚問である。
「自分で考え! ちょっと心配やから懐中電灯渡しとこか」
 ライターと懐中電灯を手渡して、ほんじゃがんばってねと家の奥へ入ってしまった。この天宮家のしきたりはいたって簡単である。「好きにする」である。「自由」というのもある。それは食事をする自由もあるし、寝る自由もある。それとは逆に、釣りをして熊に遭うのも自由だし、キノコを食べて中毒になる自由もある。だから、自分がやることには自分が全責任を負えば何をしてもよいのである。河之内が「いやだ」と言えば、深町も天宮も「あっそー」と一応うなずいてはくれるということを彼は知らない。
 テントに荷物を持ち込んで、河之内は慣れない手つきで自炊した。テントの中でのんびりと自分のペースで食事を作って食べると、下の河原で食器を洗って天宮家の台所に戻しに行った。奥からは、天宮と深町の笑い声が聞こえてTVの音声が聞こえている。河之内は、静かにその夜ゆっくりとテントで眠った。結局ランプは使えずに、懐中電灯を明りにした。テントは意外と居住性が良く寝袋で暖かく眠れた。


 次の日の朝、10時過ぎに天宮家の前に車が1台停車した。青いロータスエラン(別名、空飛ぶスリッパ)である。
「ごめん下さい」
「はーい」
 深町は布団に寝転がっている天宮を蹴飛ばして玄関に出た。相手は知らない奴である。
「失礼いたします。こちら天宮さんのお宅でございますね」
 相手はスーツ姿で、髪は七、三にきっちり分けている。誰やねんと深町は思いつつも、「はい」と頭をひとつコクンと下げた。相手の男はニコニコと笑って名刺を差し出した。
「私くし、秦海さんの秘書をしております川尻と申します。一度こちらに遊びに来るようにと奥様からお誘い頂きましたので、ずうずうしくやって参りました。おとりつぎを」
「奥様って、天宮のことかな?」
「そうです。社長の法律上の奥様です」
 こいつってー変なやつと深町は愛想笑いしながら、ズズーッと引き下がった。天宮が、ねぼけ眼で玄関に現れた。その姿をニコニコと川尻は待っていて、「おはようございます」と頭を下げた。
「川尻さん、本当に来たの?」
「はい、もちろんですよ」
「まあ上がって、ちょうどいいや。今日はレースでみんな来るし、お茶でも飲んでてー、でもそのカッコは」
「ご心配なく、着替えは持っております。一応、始めてのお宅を訪問するので正装してきただけです。じゃ、着替えてきます」
 川尻は、スーツ姿から普段着に変えて天宮家に上った。
 河之内が玄関から入って朝の挨拶をしていると、奥でコーヒーを飲んでいた川尻が走り寄ってきた。
「いやあ、河之内さんじゃありませんかあ」
 河之内はいやな奴がいると思ったが、顔には出さず軽く頭を下げた。いじわるそうに川尻はニヤニヤとしている。
「上がらないんですか? 若社長」
「はあ」
「いやあ、あれから3カ月ですっかり健康そうな顔色におなりですね」
 ひとりにこやかに困っている河之内をいじめている川尻は、「奥様、河之内さんが来られてます」と奥に声をかけた。その声に、朝ごはんを食べていた深町と天宮がずっこけた。朝のはよから何が悲しくて、「奥様」と呼ばれにゃならんのよと、天宮は「バーロー」と川尻に怒鳴ったが、深町は「奥様、お呼びよー」と天宮に呼びかけて大笑いした。
「えりどんー、なぐられたいんかあー」
「んーにゃー」
「川尻さん、河之内はほっといていいから」
「そうですか。では、河之内さん失礼します」
 川尻は、天宮の言葉で奥に入った。河之内はそのままテントに戻って、ミニコンロでお湯を沸かして、コーヒーを入れて飲んだ。次に到着したのが、真紅のコルベットである。さっそうと、天宮のがドアから降りた。今日はレースなので、皮のパンツにジャケットというコーディネイトに、サングラスである。
「おはよー、天宮!!」
 玄関で天宮のが大声をあげた。奥から天宮が、「入って」と声をかけた。
「さあ、やろーかあ!!」
 天王寺は部屋に入って、大声で宣誓した。しかし、天宮はまだ食事中である。
「おまえなあー、まだ、めし食っとるんかー? おっそいなあ。あっどうも、天王寺です。深町さんですね」
 天宮に一発かましてから、うわさの深町にニッリと挨拶した。
「天王寺ー、その服くさいー」
「ほんまにくさいー」
 天宮と深町は、レザーの匂いで鼻をつまんだ。レザーはけっこう匂いがするのだ。
「レザーのいい匂いじゃないか!」
「せめて、上着をどっかに捨ててきて! そしたら、コーヒー入れてもらうから」
「まったく、これやから服オンチはかなんなあ」
 そう言いながら、天王寺はジャケットを玄関にほおり投げて、食卓にどっかりと腰をおろした。その天王寺に川尻は声をかけて、自分の名刺を手渡した。
「おひさしぶりですね、天王寺さん」
 名刺で名前を確認してから、天王寺も頭を下げた。
「秦海んとこの秘書さんじゃないですか。今日はなんですか?」
「奥様に、お招き頂きましてね」
 川尻の言葉に天王寺が、ヒャッヒャッと笑った。
「誰が奥様やって? こいつがあー、ハハハ…」
「天王寺! それって失礼」
「せやけど、おまえ『奥様』ってガラやないやんけ」
「分かってるってー、川尻さん、「天宮」って呼んでくれる? みんな、こんな調子だから」
 無駄とは思いつつも、天宮は川尻に注意したが、川尻は聞こえないフリをした。天王寺が来て間もなく、もう1人来客があった。プラトに乗った天満である。こちらは、とてもアウトドアにマッチした服装である。
「おはよー」
 今度は深町が、「入ってー」と声をかけた。5人はそれぞれに自己紹介した。とにかくややこしいので、全員自分の身分を名乗ったのである。
「天満さんって医者なんかー、俺この頃、胃の調子悪いんやけどな。ガンかなあ」
作品名:天秦甘栗  焼肉定食 作家名:篠義