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天秦甘栗  焼肉定食

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 それではと、井上がスプレーの鎮痛薬を天宮に渡してくれた。
「天宮様、これなら匂いはありませんし、逆に冷たくて眠気も取れますよ」
「ありがとう、これ借りてくね」
 そして、のんびりと天宮は仕事に出掛けようと席を立った。
「おい天宮! 送ってやろう。俺も、もう行くから」
「ん、サンンキュー」
 夫婦でお出かけになるなんてー、と井上はとても嬉しそうに2人の後ろ姿を見送った。



 土曜日に天宮が田舎の家に戻ると、珍しく深町が一人だった。最近、土日と言えば、河之内がいるのに珍しいと家に入ると、深町は着物の仕事をしていた。
「おかえり、買い出しは、もうちょっとしてからでいいよ。釣りでもしてきたら?」
 深町がたいへん優しく声をかけた。しかし、天宮は知っている。釣りに行けということは、仕事の邪魔だからどっか行けということである。
「んじゃ、シメジ買いに行ってくる」
 近くのシメジ工場まで天宮は出かけた。工場というほどの規模でもないのだが、夫婦ふたりでほそぼそとキノコの栽培をしているお宅があるので、そこへ遊びがてらに出かけたのだ。ここに家を建てる時に、村役場から紹介されたこの土地の持ち主さんでもある。
「えりどん、河之内呼んである?」
「うん、夕方には来るよ」
「それじゃ、お昼もむこうで食べて来るからねえー」
 天宮は、犬の龍之介を連れて出かけた。キノコ屋さんは、天宮家よりもさらに奥の山間部にある広い意味でいうと、天宮のお隣りさんということになる。
「ちわー」
 いつものように玄関で声をかけると、奥さんの方が出てきて、入れと言ってくれた。だが、どうもいつもと違う雰囲気がある。おかしいなあと天宮がしっくりこない雰囲気に、首をひねりながらも中へ入った。
「ごはん食べさせてくれる? おばさん」
「いいよ、じゃ手伝ってくれる?」
「うん」
 台所で、コトコトと食事の用意を始めた。そしてその家の女主人は、「水くさいねえ」と一言告げた。天宮には何のことか分からない。
「天ちゃんが、ここから住民票動かしたって話は村で有名だよ。なんでも結婚したんでしょ? どうして隠してんの?」
 おばさんはそう言って、天宮を笑いながらにらんでいるが、目は少し悲しそうである。我が子のようにしている天宮が、自分たちに相談もなしに結婚したのが悲しいのだ。あちゃーっと天宮は頭をかかえた。自分が結婚したことを忘れていたのだ。
「ごめんごめん、忘れてたあ。そうそう、結婚ってー、籍入れただけだから。それにねー、無理やりだしね」
「人身御くうってやつか? 天ちゃん」
 背後からおじさんの声がした。そう、台所の前に座っていたのだ。
「今頃、借金のカタというのははやらないよ。金で困ってんなら、あの土地を一旦うちに売りな。そうすりゃ、ちょっとばかりの金は用意できる。」
 この家の二人はおかしな想像をしているが、それも違うと天宮は詳しく事情を説明した。
「相手のことを、天ちゃんはどう思ってんの?」
おばさんは心配しいている。まだ借金話から抜け出ていない。
「まあー、学校の友人だし、気心は知れてるから別にいいんだけどー、いきなり結婚させられたもんで、まだ実感はないしねえ。どうと言われてもー、気楽な下宿で暮らしてるようなもんかなあ」
 そこで二人は溜め息をついた。浮き世ばなれした天宮のことを知ってはいるが、それでも結婚した実感もないとはまったくと、あきれてしまった。
「一度、連れて来い! 俺が見極めてやろう」
「うん、でも人間的にはいい奴だと思うけどなあ」
「だから、天ちゃんの夫として見極めてもらいな。あんたは、そういうことには無関心だからね」
 そのうちにと、天宮は二人に返事した。いつか秦海がこっちに来ることがあったら紹介すると約束した。
「村の戸籍係さんが、残念がってやよ。平均年齢が上がったって」
「でも、本籍はそのままでしょ?」
「何言ってんの、根こそぎ移したらしいよ」
「分かった。本籍はこっちに戻してもらうから心配しないで」
 やれやれと、天宮は溜め息をついた。村はこういう時が大変である。小さな村なので、なんでも情報はつつ抜けらしい。
 
 3人で(リュウにも、ごはんは与えられてますが)食事をすることになって、天宮はおじさんに、おじさんとこの林道を明日走ってもよいかと尋ねた。
「なんだ? また修行か?」
「んにゃ、あしたはレースすんの。街の知り合いと山道レースで争うことにしたからー、あそこならいっつも走ってるから有利だもん」
「天ちゃんに勝つやつなんているのかねえ?」
「けっこうやばい相手なのよ、これがー。昔レースしてたらしいしー、でもがんばるから」
「んーんー、好きにしたらいい。誰もあんなとこへは入らんだろう。だが、木が倒れてるかもしれんから気を付てな」
 それから午後一杯をキノコ工場の手伝いをして、天宮は袋いっぱいのシメジをもらって帰っていった。天宮家には河之内が来ていた。いつものように、裏の畑の草むしりをしている。
「河之内!!」
 天宮がそう河之内に声をかけて、今日は泊まって行けと命令した。明日の朝一番に車が入り用なので、ついでに河之内も泊めておくことにした。
「明日、あんたの車がいるの」
「どうぞ」
 河之内は顔色を明るくさせた。すっかり、畑のホウレン草に愛着を感じている彼は、今夜はゆっくりとヨト虫の始末ができると喜んだ。
最初は土に手が触れるのもいやだったが、種まきからずっと世話しているホウレン草が見事に育ったのは河之内にも嬉しかった。しかし、1週間に一度やってきていると、どうも深町が食べてしまっただけではない程に、ホウレン草がなくなっていた。深町はそれをヨト虫という虫のせいであると説明した。夜半に土から出てきて芽を食べる虫で、深町も夜ごとライトで退治していうが、河之内が広げた部分の畑には大量にこれがいるらしく、なかなかホウレン草の被害はおさまらないのだ。
 自分が肥料をやって草むしりをして、ここまで育てたホウレン草がムザムザ、虫などに食べられるなんてーと、河之内は今夜は夜っぴいてでもヨト虫を探してやろうと思っていたのだ。
「ありがとうございます」
「じゃ、その畑のところにテントはってね」
 天宮は、家から小さなテントを持ってきて河之内に手渡した。あとで寝袋も出してあげるからと天宮は家に入った。残ったのはテントである。河之内はテントなんてたてたことがない。四苦八苦のすえに、ようやくテントをたてたが、なんだか小さくて頼りない。闇の中で、こんな頼りないものの中で眠れるだろうかと心配になってしまった。
「深町先生」
作品名:天秦甘栗  焼肉定食 作家名:篠義