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天秦甘栗 因果応報

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「おかえりー」
 その言葉に天宮は安堵した。正気である。深町はニコニコとして「いいっしょ、これ」と温室のドアをたたいた。すでに中は、あらかた植物が並んでいる。
「植物入っているけど、1人でやったの?」
 この間は、床のコンクリートがはっきり見えていたのに、今日は真ん中部分しか見えない。1人でこれだけの植物を運んだり、買いに行ったりするのは大変である。しかし深町は、ぶんぶんと頭を振って温室の裏側を指さした。そこには、ボロぞうきんのような河之内がヨレヨレになって座っていた。
「金曜日の朝から手伝ってもらったんよ。ホホホー」
と深町は笑いかけて、その笑い声がだんだん「ウケケッ…ケケケ」に変わる。また行ってしまうらしい。


 木曜日の深夜、河之内は連絡をもらった。手伝ってほしいことが出来たので明日の朝から来るようにという命令であった。
「そうそう、来る時にプリンセスマサコとプリンセスマコを一鉢ずつ買って来てくれる? それとー」
 深町は、常人には分からぬ横文字の植物名を数種言って、お金を払うから買って来いと、それも命じた。いちいちメモに書き留めた河之内は、「どこに売ってるんですか?」と尋ねた。
「園芸店か花屋さん、もちろんハチ植えのね」
 河之内は「分かりました」と了解した。

「あーこれ、プリンセスキコじゃんかぁー、それに、これはカトレアじゃなくてバンダやしぃー」
 昼近い午前中に、書き留めた花を求めて河之内が深町のもとに赴いたが、開口一番がこれである。
「人の話を聞いてないんか、おのれはー」
「いや、ちゃんと店の人にメモを渡してー」
「だまされとんじゃ、プリンセスマコとカトレアの紫を買って来て」
 命ぜられるままに河之内は、再び園芸店に走った。そして目的のものを見付けて戻る頃には夕刻だったが、それからそれらのハチを温室に運び込むことを命じられ、ついでに棚をつけろと言われたが、それがもう8時をまわっていた。
「今日はこれくらいで、また明日にして下さい」
 おなかはすくし、労働でヘトヘトな河之内はニコニコとしている深町にお願いしたが、その深町はモクモクと花の世話をしている。そして時折「ウケケケッ」と笑うのだ。河之内の言葉なんぞ耳に入っていない。
「おなかすきませんかっっ!!」
 河之内が、しびれを切らして大声を出したが、深町は「ウケケケッ」と笑ったまま「ちーっとも」と返した。
「おなかすいたんなら、そこのホウレン草ゆでて食べてもいいよ。それか、ローソンまで行って来る? あとカップメンはあるかなぁ」
「カップメンでいいです」
「自分で探してな、ついでに龍之介のごはんもやってくれる?」
 少しだけ正気になった深町はそう言うと、またあちらの世界に戻ってもくもくと働いている。こーなると深町は寝食なんぞどうでもいい。とにかく、この温室をいっぱいにすることに情熱が行ってしまっている。こそこそと河之内が温室を出て行ってしまっても深町は手を休めない。
「マコとキコとマサコと揃ってんのもいいなぁーケケケッー」
 食事して戻って来た河之内は「えりどんさん」と声をかけた。するとジーパンの後ろポケットにねじこんでいたコルトを深町がパンパンと勢い良く撃った。
「なれなれしいっっ!! 私のことは『深町先生』とお呼び!!」
 と、コルトを片手に深町はにらんだ。至近距離ではなかったが、見事に河之内にヒットして河之内はひっくり返った。こうやって一晩中、河之内はコルトにおびえながら働いた。そして朝方にやっと作業が終わって、温室の壁にもたれて眠っているのだった。


「ずっこーいっっ!! えりどんばっかり使ってさあー」
 河之内の話を一部始終聞いた天宮は、深町にブーブー言った。
「天宮も使ったらえーやんか」
「使うことないもんー、あっ、コーヒー届けてもらおうかな」
「どこへ?」
「川へ」
 天宮はニヤリと笑った。天宮の趣味は釣りと読書である。こんな辺境地に家を建てたのも、釣りがしたかったからである。下の川には支流がたくさんあって、そこにわけ行って釣りをする。(もちろん冬季限定だけどね)
そこへコーヒーを届けてもらおうと思ったのだ。いつもは自分がリュックにミニガスバーナーと、やかんとコップを放り込んで出掛けるが、これが本も入っているから結構重いので、本だけを持って行くことにした。
「そしたらトランシーバーがいるなあ」
深町は、「トランシーバーはないぞ」 と、言った。そんなことは天宮も知っている。サイフを取って来て河之内を足でつっついた。
「河之内、起きて!」
 軽く天宮が蹴ったのだが、河之内は飛び跳ねてすぐさま土下座して、「申し訳ありません」 と、わびた。
「なんかしたの?」
「これでちょっとね、ホホホ…」
 激しい河之内の反応にたじろいだ天宮は見てしまった。コルトを片手に「ウケケケッー」と笑っている深町を。えらもんを貸したなーと天宮は苦笑した。この河之内のおびえようは、一発や二発ではないだろう。相当、撃たれているはずだ。
「私も撃ちたいなー、河之内、うさぎの耳なんかつけてくれる?」
「おいおい、それは虐待やと思うで、天宮」
 ちょっと正気な深町が天宮を止めた。そんなことをしたら傷害罪にあたるかもしれない。しかし深町は正気でない時にもっとおとろしいことをしていることに本人は気付いていない。ふん、と天宮が軽く言い、河之内にお金を渡した。
「これでトランシーバーを買って来てくれる。山間部でも充分に通話できる強力なやつをね」
 そして、深町も袋に入ったお金を河之内に手渡して「植物の代金」と言った。それを河之内は返そうとした。
「これは結構です。深町先生にプレゼントさせて頂きます」
 河之内はニッコリと笑いかけた。すかさずコルトが火を吹く。
「こりひんやっちゃなー、私が好きな植物を河之内ごときからもらいとうない。足りひんかったら、払うからな」
 そうか、言葉使いが悪いと撃たれてたんだな、と天宮には分かった。1日中撃たれても河之内は悔い改めなかったようだ。
「さっさと行って!」
 天宮が倒れている河之内の前に立って命令した。これ以上痛い思いをしたくない河之内も立ち上がって、すぐさま車に走って行った。
「ずっこいよなあ『深町先生』って何? 私も『天宮様』って呼ばせようかなあ」
「ええんちゃう」
 深町は、そう言いながら温室に入って行った。

 一体、トランシーバーをどう使うのか河之内は考えながら帰り道を急いでいた。4カ月間、毎週毎週、通う道はすでに目隠ししても走れそうなくらい覚えた。山道はクネクネと曲がっているが、それも覚えればたいして難しいことはない。対向するのも場所が分かっていれば楽なものだ。おかげで、食事したり仮眠をとっても、あやしまれない時間を確保した。まるで子供が親に内緒で寄り道しているようなノリである。
「ご苦労さま、んじゃ、行って来るね」
 家に戻ると、天宮は背中にリュック、片手に釣竿といったいでたちでトランシーバーを受け取った。その天宮に深町が、今日はどこの沢を登るんや、と尋ねた。
「え-っと、ヤマセミのいてたとこ」
作品名:天秦甘栗 因果応報 作家名:篠義