真冬の海
3
いつからひきこもってたのかももう覚えていないし、いつからオタクに人気の同人作家になったのかも知らない。
いつの頃からか、近所のおばさん達がわたしを見て「かわいそう」とこそこそ話すようになった。
いつの頃からか、学校のオタク女子の間で勝手に一目置かれるようになった。
「ねぇ、大島さん」
急に話しかけられて驚いたらしく、大島緑はえ、とか、あ、とか、うぅ、とかなんか呻いて、読んでいた本を閉じたり置いたりまた手にとって開いたりした。何にそんなに怯えているのか。わたしはただ日直に日誌を渡しに来ただけなのに。
「あの、昨日の、封筒、渡してくれた?」
「あ、うん。渡した。」
本当は部屋の前に投げ捨てただけだけれど、朝にはもう封筒は落ちていなかったから夜中に拾ったのだろう。
「よかったー!友達が本出したから、カノンさんに読んでもらいたくて!ありがとう!」
急に元気になって、ずり落ちた眼鏡を上げながら一人で喋っている。“カノンさん”とはあの女のことだ。ペンネームだろう。あいつはそんな名前じゃねーよ、わけわかんね。と思いながら相槌を打つ。
「ほんとこんな身近にすごい人がいるなんて夢みたいだよー!高田さんうらやましいなー。」
頬が赤い。どんどん興奮してきている。なにがすごいんだ。一度あの女の実物を観てみればいい。首をくくりたくなるぞ。
「ねぇねぇ、今度お家に遊びに行ってもいい?カノンさんに会いたいんだよねー」
「無理。ダメ。ごめん」
こうやって勝手に自分の世界を持ち出して、人を巻き込んでいこうとする。冷たい物言いだとはわかっていたけれど、言い終わらないうちに春香の席に向かった。どんな顔をしているのか、見なくてもわかる。あの顔だ。あの女の顔だ。
大島緑があの女の姿を見るのは別に構わない。あいつが人と会うなんてことは絶対にないと思うが、それは“カノンさん”だ。でもわたしの家の、あの女に会わせるわけにはいかない。あれをわたしの“家族”だと思わないでほしい。わたしは、あの女を“家族”だなんて思ってないから。