真冬の海
2
「高田さん、あの、これ、お姉さんに渡してくれない?」
同じクラスの大島緑が、大きな茶封筒を差し出した。眼鏡の下の小さな目はきょどきょどと落ち着きなく動いている。人と話す時は目を見て話しなさいって小学校で言われなかったのか。
「あぁ…わかった。渡すだけでいいんでしょ。」
「うん、手紙も入ってるから、じゃ、よろしく。」
用件も言い切らないうちに後ろを向き、緑はそそくさと自分の席に戻った。
うららかな春の日。お弁当を食べ終わったまったりタイム。わたしは茶封筒をぞんざいに鞄に突っ込み、友人の三島春香に向き直った。
「相変わらずもててるねー、結のお姉さま。」
「やめろよ、気持ち悪い。あんな変態。」
わたしのあからさまな不機嫌に、春香は母親のような眼差しを向け、机に広げたスナック菓子に手を伸ばした。
「喧嘩するほど仲がいいって言うもん。だーいじょうぶ。」
中学からの友人である春香は、わたしが本当に姉のことを忌み嫌っていることをよく知っている。その理由も知っている。それなのにわざとこんな軽口を叩いてみせる。何が大丈夫なのか。あいつのせいで、我が家はめちゃくちゃなのに。
「あーそういえばさぁ、バス停の所に新しいケーキ屋できたよねぇ。今日行かない?さゆも誘って。結はチョコケーキさえあればご機嫌だもんねぇ。」
小馬鹿にしたような口調で、自分の振った話題を自分で逸らす。それでも気を遣っているのか。こいつのことは未だによくわからない。きっとあまり深刻にならないように軽く話したかったのだろう。失敗してる。
しかしわたしの憂鬱な放課後に、チョコレートケーキという少し呑気な救いを差し伸べてくれたことには感謝しよう。これで、家に帰るのが少しでも遅くなる。わたしは小さく安堵の息を吐いた。
昼休みは、春香のよく動く口元をぼんやり眺めているだけで終わった。
放課後、私と春香と、隣のクラスの宮本沙雪は約束通りケーキ屋に向かった。チョコレートケーキをつつき、二人のケーキもおすそ分けしてもらい、ポットで出てきた紅茶を時間をかけて飲む。他愛のない会話に、わたしは心底ほっとする。自分の居場所は、まさにここなんだと思う。
「うわ、もうこんな時間?やば。そろそろ帰ろ。」沙雪が携帯の液晶を見て、慌てて鞄を抱き上げた。楽しい時間はあっという間に過ぎ、あとには苦い時間が待っている。
三人は並んで国道を歩き、十字路でそれぞれ別の道を帰る。じゃあね、また明日ね、ばいばい、といつものセリフで別れ、わたしは街灯の少ない道を歩く。
毎日、この瞬間が嫌で嫌でたまらない。学校での時間は終わり、友人との時間も終わり、あとは家に帰って明日家を出るまで、あそこにいなければならない。あの女のいる家。陰気で、湿気った、あの家。