夢幻堂
「分かったことがあるの。ううん……見ようとしなかった真実を、分かってしまったの。どうして去ったはずのヨウさまが、いまでも"狭間の世界"にいるのか」
気にしたことはなかったけれど、と悲しそうに微笑んだ。
「セツリさんの言葉で気づいたわ」
『"夢の渡り人"はとうに去った』
「そう。神の代理人でさえ輪廻転生の環に乗るのに。……だから、私が持つこの断片的な記憶のかけらがヨウさまの持つ過去だとするなら」
いったんそこで言葉を切って、深い闇色のフードに顔を隠している《柩の番人》をまっすぐに見た。強く───彼女がまだ焰の瞳を持っているころのように、凛と張りつめた力を秘めて、見た。
「私はいずれ知らなくてはいけなくなる。私が暴かなくてはいけない」
幼い少女の姿からは想像がつかないほど、大人びた声が夢幻堂に響く。
『───紫色(ししょく)に緑色(りょくしょく)で紫苑とは、なかなか良い名を付ける』
「は?」
ついていけずに呆然としていたシオンは、突然自分に矛先を向けられ気の抜けた声を出す。だが《柩の番人》はそんなことを意に介さず、カンナを見たままだ。
『均衡が崩れれば魔に落ちようものを。夢幻堂店主よ、主らは互いに救いあい、次の歯車を廻す者となろう』
それは答えではなかった。けれど、カンナにとってはこれ以上ない完璧な答えであろうこともまた事実だった。
「いつかは問わないわ。ときはいずれ巡る」
『そう、過ぎ去る刻には抗えぬ』
互いに補い合うように言葉を交わす。言葉そのものの意味は分かっても、二人が何を話しているのかシオンには分からない。それでも、《柩の番人》がひどく満足そうだったことだけが分かった。喜ばしいことなのだろうか。カンナの表情は複雑だったけれど、苦しそうではなかった。そのことに安堵を覚え、シオンはするりと黒猫へと姿を変えた。
いままでと何も変わらないようでいて、けれど確実に何かが変わっていく。
それは欠けた螺子がはまっていくかのように。
錆びていた歯車が動きだす。
カチリカチリと止められていた刻が進みだす。
いずれ彼らは選ぶだろう。真っ白な未来を。
狭間の世は現に非ず、されど夢幻に非ず。
輪は巡り、還っていく。
永遠を約束されたこの場所に留まっているのはただひとり。
柩の最奥に封じ込めた真実は、いまだ預けられたまま。
────解かれるのを、番人は静かに待ち続けている。