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夢幻堂

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 身体を回転させて向き直ると、いつもの皮肉な笑みを二人に向ける。思わず立ち上がったカンナと、まっすぐに自分を見つめてきたシオンを見ながら、セツリは心の中でもう一度満足げに微笑んだ。そして「あーホントは言うつもりじゃなかったんだけどなぁ、しかたねぇ」とぶつぶつ言い始める。なんなのかと怪訝そうな顔をしたカンナとシオンに向かって言った。
「本当はな、最後に確かめにきたんだ」
「確かめに? なにを?」
「……お前が拾ってかくまったっていう異端を」
「シオンは異端なんかじゃないわ! セツリさんまでそんなことを言うの?」
 憤るカンナとは対照的にシオンはなにも言わず、ただセツリをじっと見つめた。もうそんなことを思っていないと言うことをきっと分かっているからだ。
「俺が言ってたんじゃない、周りが言ってたんだ。でもお前に害をなすなら、力づくでも追い出そうと思ってた………お前は知ってるだろうが、紫の瞳は魔を惹き寄せる」
 カンナは黙ったまま、答えようとはしなかった。それが、彼女がそれを知っていたと肯定しているも同じだ。セツリは静かな声音のまま続ける。
「シオンの瞳は二つの色だ。それは少しのバランスで存在が変わる───異端か、希望か」
「………どう感じたの?」
「答えは分かってるだろ? お前が言ったように、あいつは異端なんかじゃない。若葉色の瞳が魔を惹き寄せる色を浄化したんだ。それはシオンの魂がもともと持ってる"力"だ。俺はシオンを気に入ったぜ。あいつなら、お前はきっと孤独を知らずにいられるだろうってな」
「私? シオンじゃなくて?」
「シオンはもう孤独じゃない。お前に会ってシオンは孤独の代わりに救いを得た。お前も、自分はひとりじゃないって思えるだろ?」
 カンナが言葉を失う。優しい笑みを浮かべて、ちょいちょいと手招きしてカンナを呼び寄せる。けれど動けなかったのか、動こうとしなかったのか、止まったままのカンナに苦笑していったん扉から離れ、彼女の前に立つ。もとの艶やかな黒髪の面影の残していない、けれど明るくさらさらとした薄茶色の髪を撫でる。こんなことができるのも、もう最後だ。そう思ってセツリは言葉を続ける。
「だから《|淡雪の花びら《あれ》》は俺からの餞別だ。……ちゃんと生きろよ。お前はお前なんだから、好きなように選んでいいんだ。お前もシオンも、すべて赦された魂なんだよ。それを忘れるな」
「………セツリさんは、生きるためにこの世界を去るのね。さみしくはないの?」
 やっと声を出した彼女の薄茶色の瞳が、少し潤んでいるのが見て取れる。きっと気づかれたくはないのだろうから、セツリもあえて気づかないふりをした。
「それなりに愛着はあるからな、多少はあるだろ。けどそれ以上に俺はここに永くいすぎたんだ。……もう思い出せないほど遠い昔のことだ。もし俺の過去を少しでも垣間見てんなら、いつかシオンに話してやるといい。………大罪人の英雄譚でもな」
「───やっぱり、あれはセツリさんの記憶なのね」
「俺の弱さが《血薔薇の剣》を生み出した。そのあがないを、俺はこれからしにいくのさ」
 はっと目を見開いたのはカンナではなくシオンだった。自分を見上げてきたシオンをまっすぐに見返す。
「あんたは……セツリだって赦されていいはずだろ。カンナも俺も赦された魂なら。俺はセツリに会えてよかったよ」
 ぼそりと呟かれた言葉を正確に聞き取ったセツリは嬉しそうに笑い声を上げた。
「……ヨウ様だけじゃなくて、私はちゃんとセツリさんにも感謝してるのよ。……あのとき、泣いていいって言ってくれて、ありがとう」
 最後だと思ったら、素直に言葉が出てくる。セツリはぽんぽんとカンナの頭を撫でると、なにも変わらないいつもの口調で言った。
「じゃあな、カンナ、シオン。……またいつかどっかで会おうぜ」
 そう言ったセツリは、二人の答えを聞く前に夢幻堂の扉を開く。

 ────チリン。

 呼び鈴がかすかに音を立てた。さよならの言葉の代わりかのように。
 立ち尽くして扉を見つめるカンナに、すっと立ち上がったシオンがそばに寄る。
「……また、なんてあるはずもないのに」
「それがセツリらしいんじゃないのか」
 そうねと微笑んだカンナの頬に、ひとすじの涙が伝った。


 夢を渡り、狭間の世界を律す。
 自由は与えられぬ夢の渡り人───あるいは神の代理人。
 在りし日の英雄の姿だと、だれが知りえよう?

 なによりも自由を求めた魂は、永遠を望む少女の前から姿を消す。
 ゆうるりとたゆたう《淡雪の花びら》だけを残り香に。


作品名:夢幻堂 作家名:深月